江戸川区松島3丁目、青の世界~僅かに残された奇跡の蓋暗渠アイランド

所用で近くを訪れる運びとなったため、新小岩から15分ほどの場所にあるこちらの蓋暗渠を一度確認に出掛けました。新小岩なのですが葛飾区ではなく、江戸川区にあり、説明&把握するには微妙な立地になります。

当該暗渠は以前しかすけさんがレポートされ「新小岩の短い蓋暗渠」、暗渠界が震えた(と言っても過言ではない)案件で、私もずっと心の片隅に住まわせていた水路跡です。

確認後、所有している資料二つに記載されている水路跡だったことが判明、しかしながら全く「out of 眼中」(古いね)でした。

この辺りの旧地名が「道ヶ島」なので、仮に「道ヶ島の水路跡」と呼ぶことにします。

当該水路跡の至近に「東福院」というお寺があり、開祖である秀円創都が住民と力を合わせて荒地を開墾したため、「堂ヶ島」の名が付き、それが道ヶ島となり、江戸川区発足時に消滅した地名なのだそうです。

この辺は島要素があるのか・・・そのことはこの水路跡の先にある「香取神社」を訪れると、更に深く理解ができるのです。

新小岩からバスで二つ目の停留所辺りに位置します。バス停そばには武蔵川部屋も。

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久しぶりの、深い深い青の世界。。。↑
(旗の台の暗渠の続編を綴ろうと思っていたのですがあっさり心変わりします。何というか、ここは拘泥したい水路跡なのです)


最初に行った日は好天で、何枚か写真を撮ったのですが(青空は綺麗)暗渠は曇天が似合うような気がするので(蓋などの質感がわかりやすい)曇天の日に再訪しました。

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手前側が平和橋通り。さりげなく、しかししっかりとした橋跡が迎えてくれます。


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自販機とゴミ箱の群青色が、この年月を経た橋跡を引き立たせる存在になっています。橋跡の断面を鑑賞(感傷)。


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場所の詳細と、ごく近い周囲の水路跡を示すとこのような感じ。蓋暗渠が奇跡的に残されているのはピンク色で囲った僅かな区間のみ。

接続関係はわかりませんが、このあたり歩いて見ると土地が微かに上がったり下がったり。寺院もありますし、微高地的な土地の模様。



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「いらっしゃ~い。」

隣(南側、写真左)は青いトタンが印象的。北側隣地はコインパークと、「シンボルツリー」と私が呼んでいる一本の樹木が残された空地。廃れたような、中途な佇まい。
北側は特に、何だか謂れのあるような、何かを感じさせる区画なのです。



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始めは(平和橋通りから入ってすぐ)蓋の幅がやたら広い造りとなっています。



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二つ目の橋跡のようなものに差し掛かります。
ここは土が露出していたり、敷石のようなものが見えてます。

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しゃがんで撮影するとこのような感じ。蓋に穴が開いているのも判ります。

そして「帝都地形図」を確認してみると、橋に交差して道が描かれており、更には
「道ヶ島裏橋」の表記があったのです。(平和橋通りに面した、第一の橋跡には特段橋名の表記はなし)

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オレンジ色が、「帝都地形図」に描かれていたかつての道。水路跡と交わる地点が「道ヶ島裏橋」。



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私の所有する別の地図「ワラジヤ」の昭和41年の「小松川」の頁にも、この水路が記載されていました。道の名残のようなものも描かれています。道ヶ島裏橋、に対して道ヶ島橋が上の地図でいうと43番と44番の間に架かっていました(橋情報は帝都地形図より)。

2016.10.19追記 道ヶ島橋の方については、

ガマちゃんの松島物語:語り継ごうふるさと : 東京府南葛飾郡西小松川字堂〈道〉ケ島の、大昔から現在の松島、将来にわたるお話 伊東春海著
2014年出版 

という本の中に、20年ほど前は橋の欄干が残っていて、「どうがしまはし」の銘があったこと、道ヶ島の由来となったであろう「お堂」がかつての交番の場所にあった事が記されていたと思います。

かつての交番があった場所については、後程述べていきます。

う~ん・・・表に対する裏。繁華的な側面で裏なのかしら・・?


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平和橋通りに向かって振り返り撮影。
ねえ、あなたが「道ヶ島裏橋」なの・・・・?地図に載るような、名前のある橋なの?
とてもそうは見えないのですが・・・


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往時には道はこんな感じで通っていたのでしょうか。
思いがけず、この水路跡と今は無き道との交わりが明らかになり、深い感動に包まれます。

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コインパーク側から見た、「道ヶ島裏橋」(推定)跡。
ふと、この扉から誰か出てきて、この流れの事を語ってくれはしないだろうか。
そんな情事を望んでしまいます。


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東へ歩き進めると、疎らな縁石とおしろいばなに挟まれ、お決まりのバイク・自転車がこなれた感じで登場します。暗渠の中央付近には変なプランターに謎の植物が植わっているというか生えています。
もう、この無造作感。無造作に~髪をかき上げ~計算してないよ~みたいな風情でしょうか・・・
突当りで右に曲がる流路になります。

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画像では伝わりにくいですが、この変なプランター、うこっけいの卵のよう、というか不思議な青色なのです。子供の頃図鑑に載っていた、魅惑的な色の鳥の卵を思い出します。
植物、ツンツンしていますね。


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道路を挟んで、また謎のプランター置き場を経由して、左へと流路が続いて行きます。
何かもうこのあたり、どちらの方向に向かって流れていたのかよくわかりません。

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旧い地図を見ると、このプランター置き場兼流路の付近、昭和30年代は「香取前巡査派出所」。
前から思っていたのは、交番って、今ある場所も、かつて交番があった場所も、何だか土地の核になるような場所にあるような気がするのですよね。かつて交番があった場所は、そのあとも建物が建たずに利用されていたり。。。(神宮前の、千原児童遊園地もそうだった気がします)

2016.10.19追記
前述の「ガマちゃんの松島物語」という本の中で、道ヶ島(堂ヶ島)の由来になったであろうお堂が、かつてこちらの交番の場所にあったのでは、と書かれていました。

その記述が何だか凄く頷ける気がするのです。


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更なる発見は、1963年の地図に、東福院の北側、緑で囲ったあたりに「新小岩温泉」という表記があったこと。

新小岩の松島地区にはかつて三業地があり、真上の地図だとちょうど左上端で切れてしまう辺りかと思いますが、そういった縁なのでしょうか。1963年の住宅地図を細かく見ていくと、旅館や「新小岩トルコセンター」などがみてとれます。

真の温泉なのか、湯屋なのか、なんなのか(ちなみに上野東天紅のビルも建築当時の住宅地図上の表記は「上野観光温泉建築中」でした。)

増々、湿気が立ち上ってきました。もう、心情的にはホットヨガをやっているような感覚を覚えます。

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道ヶ島の水路跡の或る一角の全体像。真ん中のオレンジ辺りがかつての通路。

好天バージョンも数葉収めておきます。

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東福院の前の道にはこんなものもありました。第六天。
小さな祠に、かなり大きな字の石碑。。
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さて、この水路跡の延長のように見える、平和橋通りを渡って西の水路跡は香取神社の手前で途切れています。

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奥が香取神社。


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縁起を読むと、
「昔この辺一帯が芦原で舟が自由に往来出来た頃、その中に浮かぶ道ヶ島という小高い島に、香取神社を勧請。当時国府台の間々の入江から、武蔵国上野の台地に向かう船は、この神社の森を船舶の目印にしたので、「間々井宮」と称したと伝えられる」

航行する船舶の目印となる小高い森・・・川崎の船旅の記事でも登場しましたね。足取りも心もプカプカしてきました。
私は今日漂泊していたのだなあ・・・

弓取の銅像についても説明書きがありました。
(ちょっと高枝切りバサミの事なども考えていました・・・)

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「弓は密教の法具として魔や敵を打ち払う力の象徴として用いられてきました。
 当地が未だ利根川の本流であったころ、下総国府台間々の入江よりはるかに西南の沖に浮かぶ道ヶ島の伝説が神楽になって伝えられてきました。
 この島は下総国と武蔵国を結ぶ航路の中継所で大変重要な位置にありました。丙午毎に来る災難に島民は怯え、鎮守の森に集まり悪魔を追い払う弓取の神事に一年の安泰を祈りました。」

ビンビン響くような文節がそこここに採用されている!さらっと触れているけど本流だよ?本流。
おまけに人々を「島民」と!


新小岩松島の、僅かな区間の暗渠・・・極めてKEYになるエリアに存在していたのですね。

葛飾関係の暗渠にとてもお詳しくて、こちらのブログにもコメントを寄せて下さる「ゆ」さんにもお話を伺ってみたいです。




そして帰路に。新小岩駅、停車場の雰囲気を色濃く残していて(更に駅ビルとかもない)郷愁を覚える駅舎でした。
ホームの屋根から漏れる青い光で締めくくります。
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この青さよ。










~後記~
もう少し時間があれば、近隣の、野球で有名な関東一高の校舎を一度見ていたいと思っていたのです。


前掲の、ワラジヤさんの地図(昭和41年)でずっと気になっていた関東一高。
どの点が気になっていたかというと、(左下端)
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二棟も円形校舎を擁している事です。
残念ながら、北側の方は取り壊されてグラウンドになっている模様です。

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(2016年のグーグルアースより。左側の河川は中川です)

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(1997年のグーグルアースより)


円形校舎と云えば、王子の桜丘女子高校(逆川の暗渠近くかな)も地図上では目を引きます。こちらは残っているようで、ほっと一安心。
(十年以上前に共学化され桜丘中.高等学校となっているようですが、昔の女子校のイメージを私がまだ引きずっているのでこう表記しました。)「
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机の配置に難がある、等の理由で円形校舎は減っている傾向にあるようです。こちらも早く見に行きたいと思っています。



【2017.7追記】

名無しさま からの情報を頂戴し(重ねて御礼申し上げます。)現地確認に行きましたら、水路に架けられた蓋は撤去されてアスファルトが敷き詰められていました。
既にフェンスも撤去され、隣地のシンボル・ツリーの傍らに高く積まれており、事が終わったのだと通告されたようでした・・・


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シンボル・ツリーから枯れ枝や実の干からびたものが落ちていたのが印象的でした。
何の木なんだろう・・・



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by onnbubatta | 2016-06-15 15:42 | 江戸川区 | Comments(9)
Commented by sumizome_sakura at 2016-06-26 21:05 x
おや、また濃い場所にでかけておられますね(^^。

旧中川沿いには、亀有にも亀戸にも昔は「浮洲森」と呼ばれていた神社があって、現隅田川東岸の「牛島」とあわせて、古代の「下総国浮島牧」があった「浮島」じゃないかとも言われているのですが。
江戸川区の方にも、プカプカしていた「島」があったようですね。

この辺りは旧利根川の河口部にあたりますが、付近の主な川筋は5000年ぐらい変わっておらず、利根川が運んでくる膨大な土砂によって、川沿いに自然堤防帯ができていったようです。
それで特に旧中川沿いと旧江戸川(太日川)沿いには微高地がつづいていて、旧くから人が住みついていたみたいですが、この一帯の、小松川境川沿いも自然堤防帯なので、もともとは小松川境川も旧中川から分かれた河川だったのかもしれません。

だとすると、周囲の干潟や低湿地の開水面より少し高い微高地が岬上に突き出していて、香取神社の解説板にあるように、ここは旧中川沿い微高地と江戸川沿い微高地のちょうど中間地点にあたるので、きっとよい目印になる「島」だったのではないでしょうか。
「道ヶ島」は旧地名「堂ヶ島」で、東福院のお堂からきたと言われていますが、東福院は江戸時代の寛永年間の創建なので、もしかするともともとは「道ヶ島」だったのかもしれません。もちろん、こういう場所には大体お堂もあったでしょうから、「道ヶ島」でも「堂ヶ島」でもある「ドウガシマ」、というのが一番ありそうですが。

(ちなみに、現地名の「松島」も妙な地名だなと思って調べてみたら、区が最初に提示した「北松江」が住人たちからひどく不評で、あらためて「西小松川村字堂ヶ島」から「松」と「島」をとった「松島」にした、という話が紹介されていました。うーむ、やはり「島」か……。)
Commented by onnbubatta at 2016-06-29 10:01
>sumizome_sakuraさま
はい、結果的に「濃い」場所に「漕いで」向かったようです。新小岩から最初に辿り着いて上陸した島、というか。

浮洲森と呼ばれた神社があったのですね。このエリアで聞いた事があるのは亀有の古隅田川を徘徊時に出逢った「浮洲公園」でしょうか。亀有溜井の跡とされ、中川右岸に大きく張り出したような場所の。

小松川境川も一之江境川も現状は川間を繋ぐ運河のような感じ&いち早く親水公園として整備されて川跡風情感じにくい&開削された放水路によって流路があやふやになっていたりして興味が持てずにいたのですが、なかなかどうして訳有り気な蛇行ぶり。。
そうか、分流を考えれば気持ちが盛り上がってきました。確かに香取神社から親水公園側を眺めた際に、低くなるはずが盛り上がっていて、橋でもあるのかなぐらいにしか思っていなかったのです。DUAL盛り上がりです。

道ヶ島、何度自分に言い聞かせても「みちがしま」と訓読みしてしまって。「満ち」るにも通じる気がしていました。
墨染桜さんもやはり「島か」とおっしゃるとおり、江戸川区に唯一残った記念すべき島地名、陸地化していく中で島民の念のようなものがかろうじて残留REMAINしているぎりぎりの地なのかも知れません。それと江戸川区に多く用いられている「松」地名がくっついた、と。
ここは和歌っぽく「待つ島」と捉えましょうか。

(私もちなみに。1960年代の葛西沖の地図などを見ると、蜆島という地名が現れて興味深いです。島の形をしている訳では無さそうなのですが。地形図では音叉で刺激したような波形が拡がっていて素敵です。)
Commented by sumizome_sakura at 2016-07-19 03:17 x
日曜日に妙見島の方を歩いたので、そのご報告をかねて。

妙見島は妙見菩薩を祀るお堂があったので、この名がついたといわれているのですが、このお堂は下総の千葉氏がつくったもので、そのあと、小松川に移り、さらに一之江の妙覚寺に移されたそうです。
「堂ヶ島」の「堂」はこのお堂のことかもしれません。名前の由来はともかく、妙見島と小松川と一之江は、同じように点在する、同じような「島」だったようですね。

江戸川河口部は、利根川が流し込む大量の土砂と、房総の方から沿岸流で運ばれてくる砂(市川の砂州をつくったもの)とがあわさって、東京湾の奥では陸地化が早く進んだみたいです。
妙見島の西隣の長島も中世からの地名で、猿股とともに、下総一宮の香取神社の河関が置かれていたところですが、いってみると、微高地の上に寺社と住宅が密集している、旧い、いい感じの町でした。
ここもおそらく北には江戸川の支流があって、中洲だったのだと思います。そんな「島」が他にもあちこちにあり、現代的な建物群とはちがう町並みを残していました。

蜆島もその一番新しい「島」になるはずだったのですが、一気に埋め立てられたみたいですね。「臨海町」ですか……。
Commented by onnbubatta at 2016-07-20 09:46
>sumizome_sakura様
おふたりにしては珍しいエリアを歩いておられる!とみさきさんのレポートを意外な感じで拝見しておりました~。妙見島というセレクトに興奮&唸りつつ。

これまで「蛇が獲物を飲み込んだような膨れた地形」に惹かれていて妙見島も気にはなっていたのですが、千葉氏との関わりは知りませんでした。でも、墨染桜さんのレポートされてたホテル?の名称「HOTEL LUNA(旧リバーサイド)」とか島内にある企業「月島食品」(中央区の月島が発祥)とか、千葉氏の家紋の月が知ってか知らずか脈々と継承されているのを目の当たりにして、その血の濃さのようなものに一方的にくらくらしておりました。。

一之江は今井橋の記事http://yatolove.exblog.jp/21682995を書いた際に歩いた事があって、国柱会などもあって興味深い土地ですよね。妙覚寺も今井街道沿いなので前は通ってるはずなのですが。。島目線を得た今、もう一度歩いて見たいです。

長島は太田道灌の所領のお話で以前教えていただいた場所ですね。葛西近辺は新しい街のイメージの方が強いのですが、新川の方は情緒的な街並みが保たれているんですね。河口フリークとしては歩いておかねば。。

学生の頃「臨海町」で冬に窓のない倉庫でアルバイトをした経験があり、荒涼とした記憶があるのですが、葛西からのバス便で「仲組」なんて旧い響きの停留所があり少し癒されていました。島の事を知っていたらもう少し前向きにバイトが出来たかも。。
清新とか臨海とか、若干画一的な面もありますがフロンティア地名でしょうか。。長島、小島、と島の記憶が流れ消えゆくなか、松島の偉大さを再認識した次第です。

Commented by onnbubatta at 2016-07-20 09:58
>バス停の名前、正しくは「仲町西組」です。
 この辺りのグーグルマップを眺めていたら「日本地図共販(株)返品センター」という施設も見受けられて、そちらも趣深いです。
Commented by 名無し at 2017-07-09 03:36 x
一昨日所要で通りかがった所フェンスで水路跡が囲まれておりました。どうやらこの付近にマンションを立てる為に工事をするようです、貴重な暗渠遺構がまた一つなくなりましたね。
Commented by onnbubatta at 2017-07-09 14:08
> 名無しさん
コメント&情報ありがとうございます!
残念ですね・・・由緒ある界隈に奇跡的に残った遺構ですし、水路跡中央部の橋の名前も判明して喜んでいたのですが。北側の大きな木のある駐車場か、西側の駐車場をマンションにするということでしょうか。。もし、また続報などあればお寄せ下さると幸いです。宜しくお願い致します。
Commented by 名無しさん2 at 2017-07-09 14:39 x
残念ですが、2017年6月中旬から、奇跡の暗渠は撤去工事が進んでいます。すでに大半が消えてしまいました。
Commented by onnbubatta at 2017-07-09 21:36
> 名無しさん2さん
続報、感謝いたします。もうひと月前位から工事が入っていたのですね。。最後の姿を、見納めに行きたいような、見たくないような、複雑な心境です。
工事は、こちらを指しているのでしょうか?届け出日は5年も前ですが。
このあたり一帯が防災地区の整備計画があるようですね。
http://www.kensetsu-databank.co.jp/osirase/detail.php?id=5474


暗渠、猫、池、高低差、崖、弁天、軍遺構、建築、階段、廃線、天体   その他徒然(適当です)


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