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嵐を呼ぶ?古隅田川と旧古隅田川辺り歩き(岩槻・春日部)

所用ついでに、限られた時間でしたが岩槻・春日部の境辺り、古隅田川・旧古隅田川沿いを少し歩く事が出来ました。
2012年11月末の訪問記です。

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ピンクの印が東武野田線の豊春駅です。鉄道の北側(写真真ん中より左寄り)の台地は
慈恩寺台地、写真左端辺りが元荒川です。

元荒川の鉄橋に「人形の町 岩槻」と銘打ったペイントが車窓より見えて、気分が高まります。



中央の農地が干拓地みたいで面白いですね。




花積貝塚の方、行政境が入り乱れ具合がカオスです。
乱れた慈恩寺台地、干拓地のような農地、くちばしのように鋭利に突き刺さる岩槻市・・・

においのする要素がいっぱい詰まっています


東岩槻図書館辺り、ここは孤を描く行政界となっています。
この水路跡?が北部で古隅田川と接し、2号線辺りからは開渠となって姿を現し旧古隅田川と
称するように見えるのですが、詳しくは調べていません。
(古隅田川の行政的管理所轄がややこしく。)


名前からして、過去の川扱い。旧古隅田川なんて本当に。
人の手・自然の力によって流れを変えられ、翻弄されてきた過去からの大河。


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この地点は完全に水が流れていません。
東岩槻5-10地先辺り。




























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しばらく水の無い水路が続いた後、開渠となります。
木橋の向こう、堤の下に広がっているのが前述の農地です(過去には入り江だったという記載を見た事があります)
堤の手前は耕作がされています

送電線も悠悠と線を張っていますね・・・

この辺り送電線・鉄塔を鑑賞するには非常にお薦めの地域です。




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どこを写しても背後には送電線。





























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中央に堤のような盛り上がりが見てとれます。

2号線を渡ります。



























旧古隅田川、橋のたもと。

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こんなところにピンクのマットレス投棄しないで下さい~



























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ご覧のように、水質はいまひとつです。




























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同じ橋際に佇んでいた神様。
剥落が激しすぎてお顔は判別しがたいのですが、何とも言えない雰囲気があり、
しばしの間見入ってしまいました。

右のお皿はカキ氷のカップかしら・・・

















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何と云うか
石の方から近寄って来てくれる、みたいな空気でした

横から見た出っ張り具合にも魅せられるなあ・・・
宙に浮いてるかのような、崖観音様のような・・・

















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こちら側から見ると道標に。

う~ん、読めないけれど
「こしがや」・・・?























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もう少し旧古隅田川を歩いてみたかったのですが
時間があまりないので再度2号線を渡ります。

カラスが羨ましい。

旧古隅田川はこのあと北上して古隅田川に合わさります。

「北上する川」って面白いなあ~・・・














元々は古隅田川は(旧も含める)利根川本流として南下していたものが
関東造盆地運動によって地形が変わり、流れの方向も逆になったとか・・

ぽっかりと低く窪んだ土地と言えば幸手辺りが知られているけれど
春日部もそこに入る、という説もあるようです。

沈み行く街・粕壁・・・

大河多いですもんね・・・


しばらく下蛭田地区の住宅街の中を歩いていると・・・

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いきなり開けた場所がありました。
何か旧いものが集まっているにおいが・・・
あとあと調べましたら東光院というお寺が廃された跡との事。

木のある塚?小山?が非常に気になります!



山・宝塔の前には「きけん 登るな」の看板あり。


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近寄った所、登れなかったのですが
各種の旧そうな石が無造作な感じで置いてありました。










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どれも彫りが深く明瞭で立派なものです。













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これはちょっと傾いてしまっている





























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山の頂近くにあった石。

流れるようなライン。

























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反対側から「山」を眺めたところ。

富士塚なのでしょうか・・・?
「◎◎大神」とあるのかな。
浅間大神かな。

隣の赤い屋根の建物は地域の集会所のような施設でした。


















グリーンのアイコンが旧古隅田川の橋(神様)
オレンジのアイコンが下蛭田の廃寺跡

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東武野田線と古隅田川が交差する地点に辿り着きました。

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この地点、カルガモもいましたが、傘なんかが投棄されていたり、あまり綺麗ではなかったです。
傘が開いたままになっているの、おわかりになるでしょうか。柄が水面から顔を出しています。

でも橋梁はちゃんと投影されていますね~

お天気が良かったからでしょうか










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この辺り、古隅田川沿いを歩く事が出来ます。
ここは冒頭の広大な農地に面していて、牧歌的な雰囲気を濃厚に感じます。
縁に植えられているのは桜かな。




















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春日部市、花積東武住宅地辺り。





























事前に地図を見ていた際
この付近に「住吉神社」があって興味深いな~・・・(住吉神社は海の近くにある神様のイメージ)と思っていたのですが
見過ごしてしまったようです。。。


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古隅田川沿いから一本中の道に入ると
平屋建て住宅の連なり+気になる蓋の連なり


























再び川沿いに戻りしばらく歩くとと行き止まりになります

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遮るもの何も無く干されし布団





























この行き止まりの地点辺りが古隅田川の行政管理区界らしいのですが・・・
そんな場所に在ったのがこちら。

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馬頭観世音様。
















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お地蔵様の顔がスパンと欠けてしまっています。

どのような表情・お顔だったのでしょうか、知る由もありません






















馬頭様のあった辺りはちょうど岩槻/春日部の境あたり。
出発地点の反対側に戻ってきた辺りだったのです。


最後に少し台地(慈恩寺台地)の方にも寄り道

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この辺りお寺や神社・聖天様・貝塚があり
古代からの人々の息吹を歩きながら肌で感じます。


・・・ってこの方どなたでしょうか・・・




















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あとはこんなスケアクロウ(かかし)的なのを見つけて。
カラスのは良く見るけれど、隣の塑像みたいなの何・・・?










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アトリエっぽいですね。
効果の程はいかに・・・














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おまけ

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**********

春日部は地理的に面白い所が沢山で(自然堤防なども見たかった!)何回も訪れたいくらい。
中でも気になっているのはここ!春日部共栄学園の近くの、このフックのような堀(?)




浦和美園の堀に囲まれた謎のお屋敷(消滅に似ている気が。地図だけですけれど・・・
ここももう無かったりして
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by onnbubatta | 2013-05-10 13:11 | さいたま | Comments(8)

川で繋がる戸田漕艇場と浦和監獄その②白幡沼周辺の暗渠など

前回からだいぶ間をあけてしまいましたが宜しくお願い致します。

武蔵浦和の白幡沼周辺散策記です。

以前の記事で、戸田漕艇場は笹目川と水門でつながっている件りを綴りました。
その笹目川の出発点とされている(そうでないという説も)白幡沼。

~笹目川自体は白幡沼の水源のひとつであり、旧くは新曽村と笹目村の境界をなし、昭和10年頃浦和地域の排水路として作られ「中央排水路」とも呼ばれていた~とさいたま出版会「埼玉の川を歩く」に記載あり)

白幡沼よりも北に谷は続いていくので、「沼=谷頭」、と思い込んでいた私はこの点に関して少々目から鱗でした。

古くは拳沼と呼ばれていたとの事。(巨人が転んでその手形に水が溜まったという、所謂ダイダラボウ譚・・・近くの太田窪地名もその類だとか。)

いくつかのWEBページを拝見していると、
「個人の所有なのでいつ埋め立てられるかしれない」という大変気になる記載が・・・
登記簿を見た訳ではないので真実はわかりませんが。


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緑のラインが笹目川。
笹目川は真っ直ぐなので、辿っていません。行政上の始まりの所だけ訪れてきました。

上流の淡い水色ラインの暗渠名!?がわからなくてずっとモヤモヤしています。

小さくて見えづらいですが「墓碑」とピンで打った地点が浦和監獄の墓地が現在残されている箇所です。

↑以前の記事で触れた「戸田漕艇場の建設工事に浦和監獄の囚人が動員されていた」不思議な水のつながりを図に表してみましたが、、






沼の右下のおたまじゃくしのような、スポイトのような形、惹かれます。
ちょいと折れた「こまごめピペット」が一番近いかな。
この地点から幾筋かの水路が枝分かれしたり、交差したり。
睦神社の地図が切れてしまった・・・
ここも行きたかったところ~


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冒頭地図の青いアイコン地点。
お天気が悪いので画像暗し。
笹目川の水門、ここから南に流下していきます。上部は武蔵野線の高架。








川を見ていたら、直下から何の予告も無しにいきなり大きな水音、ファウンテン洗礼。
びっくりチキンカツでした
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どこからの放水なんだ



















この日は他所でもこんな感じ、いきなり脇から大量放水が始まるのでした。







上述の枝分かれ水路の一つ
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上述のスポイト部分わかりにくいですがゆるく溜まっている佇まい。
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沼の南端地点。写真右に鳥居があるのがわかりますでしょうか。
沼の東側は舌状台地。高台の地勢に学校群が建っています。
古墳群がかつてあったそうですが、学校建設時に消滅しているそうです。
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鳥居の道には近寄れない模様
















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沼の南端に神様がいらっしゃいました。
頭部の渦巻き他、色々細かい造り。





























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沼は北に行くにしたがって葦が生い茂り、北側は土のグラウンド部分になっていますがかつては沼だったのでしょう。














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左のフェンスより北側がグラウンドになっています。
その境界域に白幡沼の主が。。



















「このへんはこわいぞ みずあそびはやめよう」


↑この河童、白幡沼のヌシかと思いきや

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同じくさいたまの見沼代用水近辺にも類似品が存在しました
白幡の方の看板がずっとヴィンテージででオドロオドロしい




























白幡沼の西側は「白幡緑道」という遊歩道になっていて、更に上流へと谷地形が続いていきます。沼は谷地形の中程にあったのですね。この道が前回の記事にも書いた、浦和監獄脇へと続いていくのです。

しかしこの灌漑用水?暗渠の名前がいまだに判明しません。
(さいたま市のハザードマップにも特に記載なし。他は下水道幹線名まで仔細に記されているものもあったのですが・・・)








暗渠遊歩道は岸町小学校の前で一旦途切れ

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花壇の配された遊歩道の姿になります。
地面の亀裂が至る所に。






























さらに上流へ歩いて行くと柵のある蓋暗渠?に姿を変え
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クランク状に折れたあと、「坂下通り」と一体化します。
赤いアイコンがクランク地点。
この付近前回の「拘置所脇の細道」と平行しています。幾筋もの水通りがあったのでしょうね。
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このあとは常盤公園あたりまで地形的に追えて、判然としない状態になりました。
もう少し西へ孤を描くように(星空の、春の大曲線のような感じ)歩くと、これも前回言及した鯛ヶ窪「浦和監獄の墓地」へ。


















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地図で改めて見ると、別所沼の真北辺りに位置していました、監獄の墓地。






次回は別所沼あたりから。。別所沼の西側も、南へ垂直直下の細長い岬みたい。。



奥東京湾の事などすこし考えつつ、歩くあるく。

異なる線路が造り出す、「複合図形の求積」みたいな形も楽しげ。


市街地に沼がふたつ収まる航空写真っていいな~。
といいつつ、上の航空写真左端辺りも、南北に細長~い「鴻沼」という沼が過去にはあり・・・
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by onnbubatta | 2013-02-26 17:11 | さいたま | Comments(0)

川で繋がる、戸田漕艇場と浦和監獄

今回のお散歩は戸田漕艇場。これで99回目の記事になります。

第18回東京オリンピックの舞台ともなった歴史あるコースです。

唯一の静水(ここでの定義はよく把握しておりませんが)にして、淡水の漕艇場であり、
橋を境に西側を競艇場、東側をアマチュアの漕艇場として利用されています。
東端には各大学や企業の艇庫(結構立派)もあり、水着のようないでたちでランニングしている学生さんを見かけました。医大や女子大の艇庫もあります。

国内で一番狭いというけれど、全長2・4km、幅90m、
水深は2.5m

2・5mもあるんだ・・・・

幅は建設時より拡張されて今に至っているとの事。



荒川左岸に平行しています。
コース西端辺りで繋がっている、南北に流れている川は笹目川。(水門は永く閉められているらしい)ちなみに笹目川の水源は浦和の白幡沼に発します。(白幡沼の水は用水に流れ、笹目川は人工河川、としている説もあり)

コース東端で接しているのは菖蒲川。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

~沿革を辿ると、昭和の初期に幻の第12回東京オリンピック(第二次世界大戦の為中止)を招致する目的で造成され、戸田の他に琵琶湖、千葉の手賀沼、新河岸川、鶴見川などが候補地として挙げられていた中で鶴見川が断念した事でボート会場の開催地が戸田に決定したものの、上記の理由で実際に使用されることはありませんでした。

工事は、荒川周辺の低湿地であるこの近辺を洪水の被害から守る「瀦水池(ちょすいち)」としての
内容を併せ持つものであり、当時の情勢下掘削機等の重機も不足する中人海戦術を持って行われ、労働力として浦和刑務所の服役者を動員
したと資料にはあります

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

瀦水の字が難しい~。「猪木みたいな字」と頭にインプットしました。ダアアーー

荒川の氾濫時や豪雨時に内野部に溢れる水を、巨大プールに瀦水するのですね。。(瀦、使ってみました)
戸田市に関する資料を見ていると何度も「水はけの悪い土地」に苦しんだという記述を目にします。

工事動員者数47万人のうち15万人を服役者で占めていたとか・・・
延べ人数ですよね、びっくりした。

水害対策としての目的もあったボートコース建設ですが、その他も競艇場として至るまでの曲折が色々興味深い事ばかり。
ギャンブル場ですから、PTA他の反発があったり。「日本のモナコにする気か」。。

★参考資料:日本財団電子図書館 競艇沿革誌

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競艇のキョの字も知らないおいら・・・
「競艇はスタート一発勝負だからね~」と聞かされてはいましたが。
狭いコースなら尚更でしょう








モーターボートと聞くと「一日一善」と自然に口について出てくる世代です。
戸締り 用心 火の用心・・・って。

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ドンチャック???じゃないですよね・・・
でもこのげっ歯類具合が似すぎ。














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漕艇場側から。
水際に降りて行ける、この際の景色が好きです。スロープが素敵。















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立教大学のボートハウスが現代的。新しくして間もないのでしょうか。
ボロボロの小屋みたいなのをイメージしていました。建て替えを待つ大学の艇庫もこの日一つ見掛けました。







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色鮮やかな、漕艇マンホール!
















コースの向かいにあった、だだっ広いTBSラジオの送信所。
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広い敷地に、送信搭やら空中には電線やらがいっぱい。びりびり。
好きな人いらっしゃるんでしょうね~。

私はここで小川哲哉さんの声をひたすら思い出していました。
電リクしちゃおうかー。


ちょうどこの頃(夏)は軍の送信所にいろいろ興味がつながっている時期でしたので
(船橋の行田、佐世保の針尾等々)送信所に呼ばれたんだな・・・と勝手に何でも関連付ける困ったさん。でもそういう時ってある。波長っていうのかな、向こうから関連した情報や単語がぼんぼん飛び込んでくる時って。



そして本題。
「浦和刑務所の服役者が動員され・・・」の記述に
「ああ浦和ね。浦和のどっかにあるんだよね。」くらいの認識しかありませんでした。

調べてみると浦和刑務所というのは無いのです。今は拘置所ですね。
現在あるのは、埼玉県庁のそばの「川越少年刑務所 さいたま拘置所支所」。

地図を見ていたら、拘置所脇には崖沿いのうねる道が。匂いたつような。



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少々ぼけてしまいました。
いかにも水が流れていたであろう雰囲気を漂わせています。
しかもこの道かなり暗い。


























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ここはまだ東側が駐車場で開けているので明るい方。





























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崖上は拘置所や官舎の敷地。
崖下にも古い、おそらく無人であろう官舎が。

難を転ずる、で縁起物の南天を崖上に発見しました。









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崖下に埋まっていた古井戸。
浦和は地下水に恵まれた地域で、マンション建設時に水が噴出して一晩中止まらなかった事例もあるのだそうです。
カッパ着て、汲みに馳せ参じたし・・・






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最後、またぼけてしまいましたが古そうな石組み。
こういう箇所を歩いていると何となくいけない事をしているようで、うまくカメラを構える事叶わず。









この崖低地は白幡沼(後述します)の方からずっと連続しているものと思います。
白幡沼は笹目川、笹目川は戸田漕艇場と水面でつながっています。
水を媒介した、因縁めいた不思議なつながりを想起させます。

結局戸田漕艇場→笹目川→白幡沼→白幡沼からの緑道暗渠、を辿り、拘置所脇の崖にまで遡上し、常盤公園の辺りまで北上して辿りましたが・・・


 
 そうして市役所付近まで歩いてきて、刑務所関連の施設が意外な場所にあり。

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鯛ヶ窪(素敵な古名)橋という陸橋がかかる新道の交差点。信号向こうの、金網に囲われた一角。
周りにすっかり取り残されたような空間。

鯛ヶ窪橋が架けられる以前はどのような空間だったのか・・・
真下は崖地になっています。


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拘置所管轄の墓地。

墓地といっても、あるのは墓石三基と、石碑。












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近寄れないので遠景になりますが、一番大きな石碑に「更生」の文字が。更生園でしょうか。


























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隣地の民家より小高く位置しているのがわかります。
















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墓石に「浦和監獄」「合葬」の字が彫ってあります。

墓碑に近づいて日時やその他の文字が読めればここに監獄の墓がある経緯などもわかると思うのですが・・・

おそらく浦和監獄で亡くなり、引き取り手の無い受刑者をここに合葬したのでしょう。













浦和監獄には秩父事件の関係者も多く収監されていたそうです。まだ10代の者も。
金網の外から手を合わせて、その場をあとにしました。


戸田漕艇場建設に携わったとされる浦和刑務所の受刑者。
戸田漕艇場に水門で繋がっている笹目川を北上し、その水源とされる白幡沼の谷をさらに北上すると
現在の拘置所脇に。(その谷の名前がわかりません)

そして谷を更に北上し、谷から少々離れた場所にあった監獄の墓地。往来の激しい新道脇に佇む、監獄の旧い痕跡。
うまく描けませんが、何故いちどきに結びつくのだろう・・・もやがかかった一貫性。


次回以降にその浦和監獄と漕艇場の中間に位置する白幡沼について綴りたいと思います。
(別所沼も訪れています)


浦和ね・・・大宮台地の南端、なだらかな起伏が狭い間隔で迫ってくる、東京や横浜の荒々しい谷とはまた違う魅力ある一面を持つ土地。

ローライズな感じですかね。
歩いていて浮かんでくる文字は「堆」

浦和を冠した駅名がいっぱい。東西南北、武蔵、浦和美園。

かなり虜です。
線路が描く面白い空間も!また次回以降に

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by onnbubatta | 2012-12-13 13:22 | さいたま | Comments(8)

浦和美園:堀に囲まれた謎の館(無念・・・消失)

地図を買い替えようと、先々代の地図など久しぶりに取り出してめくっていたのです。
そうしたらいきなり気になる物件が目に飛び込んできました。

タイトルに「浦和美園」と新しい名前を盛り込むより

~岩槻:堀に囲まれた謎の「人形の?」館か。~

とかにした方が面白いのか知らん。

場所は浦和美園駅から東に20分程進んだ場所。さいたま市岩槻区釣上(かぎあげ)新田。
元は岩槻市ですね。




水堀がやや不整形に四方にはり廻らされ、敷地の中には池もある模様です



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↑執筆当時(2012)から時が経過して、地図や画像がアップデートされてしまったので、グーグルアースの2010年の画像を紹介させていただきます。

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2012年11月末の、浦和美園駅の街区表示版。特徴的な形がまだ残されて表示されていました。
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グーグルアース2012.10.28画像。ちょうど記事を書いた頃の、空撮画像。



企業の保養所や資材置き場?として利用されていたようです
(90年代後半の地図では社員寮と)

ヤフーの地図では載っていませんが、住宅地図で確認すると、物件左上端から北側の463号線方面に向かって北西方面に斜めに堀が繋がっていました。

仁徳天皇陵(今は大仙古墳ですね)みたい!

そして感じたのは、以前記事にした事がある、足立区佐野の構え堀の屋敷~二重の堀を持つ屋敷にも似ているなと(あくまでも形状で。こちらには敷地内にさらに空堀あり)。こちらはまだ残っていて、一部を公園として開放し、中心部には子孫の方が居住されています。森に囲まれて・・・






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私が見ていた手持ちの地図は90年代後半のものでしたが、グーグルマップにて調べると存在が確認された(グーグル地図には時差あり・・・)ので現地に足を運びたい衝動に駆られました。

その前にWEBで検索すると、2,3ヒットするページがあり(レポートも)、

「中世の城館ではないか?」
「古墳?」
「堀のある豪農屋敷?」

等々の疑問が呈され、堀周りの土塁の高さなどから検証されている興味深い記事もありました。
(非常に面白い記事ですので検索してみて下さい →釣上新田 堀 屋敷 など)

嗚呼、当該物件を肉眼で見られた方々が羨ましい。

2016.11追記。
当該記事の開発区画について議論し合うスレッドで、過去の土地の様子について2,3話題になっていました。

「子供の頃は、お城だと思っていた」
こちらのコメントや、小さい頃ここの堀でザリガニ釣りをした方のお話など印象的でした。

久しぶりにお屋敷跡の事を調べていて、当該区画が今年になって完売していた模様です。


住宅地図をよく見ると、地図右(やや東向き)の堀は起伏を示すケバ線が引かれていないので
こちら側の土塁の高さは比較的控えめであったようです。
(「ケバ線」について最後にちょっとおまけで述べます)

しかし、いずれも迫った写真は少なく(木などが繁って近づけない等々の条件があったのだと思います)、何より本物件に対する考古学的・郷土史的なアプローチをがされた
文献が無い様なのです。
(私も現地の図書館や公文書館で調べていないので、すみません)

そして机上で調べていく上で、去年売買が成立している旨、不動産系の資料から把握しました・・・

いっつもこうなんだよな~。長い間手元にあっても気づき、目に留まることの無かった物件。
何がしかの縁を感じて調べると、直近で亡き物になっているという・・・

でも待てよ。売買が成立しただけで、もしかしたら何らかの事由で工事が進捗していない可能性もある。草ぼうぼうの、そういう物件を数々見てきたし。例え工事が進行していても最期の姿を一部でも確認できるかもしれない・・・


と言う訳で一縷の望みを託し「9割方消失」という始めから期待値という希望のハードルを下げておく傷つかない心の装備をして現地に赴きました。


d0250051_1034198.jpg聖地埼玉スタジアム最寄駅。

大腿の筋肉の盛り上がり具合がリアルです。

周辺は大規模造成中。いつきても。










寂寞とした広い道路を延々と東へ歩いていきます。空気わろし。
この信号の時間の短い事。おじいちゃんは安心して渡れません。
駅至近にはイオンや、ロードサイド型の店舗があるけれど、
あるんだけど、何も無い」感を感じる道路。(幕張とかお台場的な・・・)

綾瀬川、伝右川(加工されてる?)を横断して・・・

もちろん一歩入ると武蔵野の風景や旧いものはあるのですが。


463号線沿いを歩いた感じは、ストリートビューとほぼ変わっていない印象でしたが
最後、一本中の道に入ると
やはりd0250051_1094566.jpgやはり
やはり
重機が・・・


これはロードローラーでしょうか。
重機関係も結構好きな分野です。
ワニラー、ブレイカー等々いかしてます。
コマツやキャタピラー社の展示会とか行きたいです。


堀の「ほ」の字・段差すら微塵も無く、撹乱の痕跡すら乗り越えて、すっかりきれいに一掃、平らに整地されておりました。

「事業計画のお知らせ」看板が、無情にも消失をあっさりと伝えています。
「◎◎プロジェクト」とあり、戸建が50棟弱、この地に新たに誕生するようです。
敷地内には小さな開発道路が一部ですが既に配されていました。

都心に直結する鉄道駅から徒歩圏、大きな道路から一本入る、辺りでニーズがあったのでしょうか・・

取り壊す前に、調査などは行ったのでしょうか。


わかっていたのですがね・・・
いや、元を取ろうなんて思っちゃいませんや。

d0250051_10174022.jpg周辺のドブです。。。投げやり。





























コスモスなんか咲いていて、
「サイン コスモス サイン・・・」とぶつぶつつぶやく狂態をさらし


d0250051_10191020.jpg近くにあったバラ園。

バラ園の裏手には舟形の堀跡みたいな窪みがあって面白かったです
(住宅地図で見ると水面の表示になっている)

























d0250051_10193979.jpg蹴球・消火栓マンホール。
今回の物件の「消」失を象徴するかのような。
















「こんな興味深いもの見つけたけれど、やっぱり失われていたよ」
という単なる報告になってしまいましたが、この物件がどのような歴史を辿り、地域の人々が何らかの思いを抱いていたのか、という事が知りたいです。

この辺りで引き返しましたが、地図を見るとほんの少し進んだ先には人形工房があるようで
浦和というよりは「人形の町:岩槻」をエア実感したのでした。

人形の館だったのかな。あれ。

浦和駅の方にも、何か訴えかけてくるような瞳のお人形を置いてあるお店がありましたね・・・

************
おまけ。
地形図や地図を見ていて喰いついてしまうのが文中でちょっと触れた「ケバ線」。
崖、斜面、盛り上がり、ある所にケバ線あり。

住宅地図などでは土手や堤でこうした連続線を目にします。本来は落下側の線を先細りにして表現するようなのですが、住宅地図ではそこまで判別できません。。

図によって起伏表現は多様ですが、昔からこのフリルのようなギャザーのような線表示に
芸術性を感じていました。

{ケバ線特集}とかできたら夢みたいだな~。

こちらの防災科学技術研究所のサイト~「地すべり地形の表現方法と凡例」が非常に多彩で勉強になったので、最後に載せておきます。


 ★さいたまの地名も面白いのがいくつも。
  道祖土(さいど)、水判土(みずはた)etc.......

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by onnbubatta | 2012-11-27 11:54 | さいたま | Comments(2)

調(つき)神社~浦和総鎮守

読み方が面白いです。調(つき)神社。
月待信仰(決まった月齢の日に集まって月の出を拝む江戸時代の風習)からも、由来する名前だそうです。

今よりはるかに暗かったであろう江戸時代の夜。
漆黒の闇に浮かぶ月は明明とまばゆい光を放っていたでしょうね。

年始にレッズの選手が揃って参拝する、くらいの知識しかありませんでしたが、
名前の響きがあまりにもよいので、行って来ました。

本殿は偶々七五三で大混雑。

d0250051_17355649.jpg
狛犬ならぬ、うさぎさんが迎えてくれました。

普段イラストとかで馴染んでいる兎とちょっと違う感じ。













d0250051_17374586.jpg
こちらと対になっています。


















兎の脇に神社の由来が(難しいけど)記してあり、調物(貢物)を中に搬入するために鳥居を取り払った、とあり吃驚。本当に鳥居が無いのです。
その「調」も名前の由来のひとつだとか。
そして「取り払う」のはらうの字も旧字体で「拂う」と表記され、じわじわ来ます。

石の柱の上に兎がいるのみ。


d0250051_17464033.jpg
神社の神池。しっかり本格的に窪んでいます。
















d0250051_17472650.jpg
こちらも兎




















d0250051_17481462.jpg
動物は後姿が可愛い。
パンダなんかも丸まった背中に哀愁と愛くるしさを感じる






























旧本殿には鳥居があり、脇に月待信仰の事にも触れた案内板があります。
うまく撮影できませんでしたが、旧本殿の装飾や意匠のいくつかを。

d0250051_175154.jpg





















d0250051_17513682.jpg
月と兎。はねているみたい。
彫刻の隙間から漏れる光が好きです、そういうのも計算済みなんでしょうか。

兎の足、筋肉質じゃな

うーさぎ うさぎ 何見て はねる
十五夜お月さん 見て はーねーる

















d0250051_17523520.jpg
鯉の滝昇りでしょうか?
















大混雑の本殿にもよく目を凝らすと兎の装飾がありました。

d0250051_17552484.jpg
どうしても人が映り込んでしまう・・・
シャンパンタワーならぬ、桶タワー。
積むのじゃ。
「浦和市総鎮守」の文字に漲る矜持を感じます。























d0250051_1757458.jpg
これは何の動物?
足がかなり筋肉質だけれど、狼?















d0250051_1813435.jpg
手水、神社の井戸より湧き出る霊水だそうです。
おちょぼ口から流れ出る一筋。

































d0250051_1845817.jpg
ここは樹のオーラ・存在感に圧倒される。
こんもりと小高い場所に囲われているので見上げてみました。
パワー・スポットとかいう言葉はあまり好きではないけれど、触って帰りました。

きのこが生えていたり、(樹にとってはあまり良くないケースもあるのだとか)中の所々が空洞で、つっかえ棒でささえている箇所もありました。

運の「ツキ」も頂いて帰る事ができたでしょうか・・・




d0250051_1891674.jpg
べろが出しっぱなしになっていた猫。
ずっとここにいたんだろうな。陽当たりがいいから













d0250051_189417.jpg
旧街道沿いの、明治築の古民家で一服。
テーブルの上の古地図がフィーチャーされた大皿に目が釘付け。
右上に暗渠のような線も描かれているし。








街道の向かいに位置する「浦和銃砲店」というお店、惹かれたな・・・
「ライフル射撃を始めたい方へ」なんて貼り紙がしてあってね。一目ちらと見ただけですが
ウィンドーにはチョッキが掛かっておりました。

またの機会にも触れる予定ですが、浦和は地下水に恵みを受けた水の街。
どこかで目にした「浦和水脈は自由な水」という表現、色々物事を考える上で大事にしていきたい。

あとは、浦和の住宅街は自治会制度がきっちり機能している印象を受けました。
名だたる文教地区、マンションの建設も各所で見られ、しかも即日完売やらキャンセル待ちやら
不景気どこ吹く風・・・

******************************
~新カテゴリ:さいたま です。
何かあっさりし過ぎる分類だな。武蔵国とか、そういう分類にしたいけどー
「武州」と銘打つのも益荒男ぶりな感じがして好印象。

北足立郡とか北豊島郡とか、そういうカテゴリも素敵だな。

つべこべ、そんなこんなで暫くはさいたまんぞうかもしれません。
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by onnbubatta | 2012-11-20 20:42 | さいたま | Comments(4)


暗渠、猫、池、高低差、崖、弁天、軍遺構、建築、階段、廃線、天体   その他徒然(適当です)


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