カテゴリ:谷端川( 6 )

谷端川暗渠。北池袋~下板橋間、変電所内の蓋暗渠(擬き?)と井戸守猫ちゃ

「池袋」「板橋」といったドン!と大きめの地名に、「位置的」冠詞が載せられた、東武東上線の北池袋・下板橋各駅。
本家に非ず、の雰囲気?サブ的位置づけを帯びた駅名に惹かれます。

ターミナル駅の次の駅が「何かいいものがある」雰囲気なのは、北品川で実感しています。

まず、駅ホームに降り立った目の前の風景が、両駅ともとても味わい深いのです。


下板橋駅から。

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 屋上部分の外壁ブロック塀が、沖縄でよく見られる建物のよう。年月を経たブロックの醸し出す良い雰囲気。


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衣料関係の会社だと推測しているのですが、少しホテルっぽい看板サイン。夜はどんな光を放っているのだろう・・・


下板橋駅は、すぐ脇を谷端川の暗渠と交差している箇所なのですが、付近は明確に緑道化されていることもあり、しっかり歩いた事があまり無かったのです。食わず嫌いを悔い改めつつ、少しぶらぶらしてみます。
旧い地図などを眺めると、駅南側に製餡所がちゃんとあったり、駅西側に製氷所があったり。川沿いを実感する材料を得つつ歩くと気分も盛り上がります。

上流方面へ向けて出発。


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右手の緑道部分より、車道に残る舗装の名残のそこはかとなさの方が断然気に入りました!ザラザラとしたテクスチャー、しかも手前が消えかかっているし。
緑道部分は車道部分より一段高いのですが、私は低きを選択。



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 谷端川沿道の飲み屋さん。こういう亀の剝製?昔はよく見た気がします。本物だとしたら、どのあたりの海を泳いでいたんだろう。。
東京湾から、隅田川→神田川→谷端川、と遡上してきたのかもね。

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ここのアパートがまた、もの凄~く素敵なんですよ。玄関の引き戸の上・・・
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この、山岳感を前面に押し出した名乗り!!のオーナメント。
山本体も峰々していて立体感あるし、それを際立たせるのが背後の・・・背景、これ何だろう。舞台の大道具のような造り。
オーナーさんにご縁のある土地なのか、何なのか。海の物(亀さん)を見た直後にこれ。

海千山千、谷端川本川。

「谷端川北緑道」の「豊橋」付近(谷端川が劇的に曲がる箇所)に、怪しい動きをしている猫に出会いました。
場所は下の地図のピンクで囲った辺りになります。
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マーキング中だったのかな。
猫ちゃも谷端川の屈曲を表現しにきてくれたのかもしれません。尻尾のところなんか特に、ね。(思い込みMAX)

ここ「豊橋」付近にはこんな橋跡に似ている構造物もありました。
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警告色のこちら。壁をガードしているのか、境い目を強調しているのか。
弧を描いた結界なのかもしれん。
幅員を減少させる目的でこういったものが設置されている場所もあるのですが、果たして・・・

そして、先程ピンクの丸で囲った辺り、右岸側には変電所があるのです。そこを覗いてみると・・・


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うをっっ!!!我々のような者が見た場合、蓋暗渠に見えてしまうのですが・・・
落ち着くんだ。


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単なる敷石かも。性急な思い込みは良くない!と自分を制すのに躍起になっておりました。
交差あり、鉄板で継ぐのもあり!

変電所の近くに暗渠が存在するケースもありますが、(実際、ここの東側隣地との境界も水路跡)敷地内にこういった思わせぶりな構造物があるとは。
トラップかしらん(疑り深い)。蓋暗渠擬きなのか、独りで騒いでいるのもどうかと思うので記事にした次第です。
この変電所、隅々まで見て回りたい~感電覚悟です。


あれこれ想像を巡らせつつ、北池袋方面へ向かいます。

谷端川、上流部分はどうしちゃったのというぐらい激しく曲がって流れ、上の豊橋付近でもググッと折れ、埼京線を越えたあとは意を決したかのように大人しく南東方向へきれいに落ちていくのが面白いですよね。

谷端川に影響されたのかと勘繰るぐらい、東武東上線も下板橋→北池袋に上ると大きく弧を描いて行きます。

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途中で呼ばれた、井戸の墓的な物体。
こちらが序曲を奏でるような構成で、このあと井戸の密集エリアに足を踏み入れるのです。

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バアアアアン!とプロパン。燃え尽きた感のある「プロパン」とめくれたポスター。絶対にいい街だ。



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北池袋駅に近いこちらの一角、ふと気になって寄ってみると、不思議な空間が広がっていました。異なる路線どうしが、くっついていくように絞られる鋭角空間。
電車がひっきりなしに通過し、踏切の音がせわしなく響きます。


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写真奥には大きなマンションが控えていますが


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木柱にタワシが引っ掛けられていたり
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お花に惹かれて覗きこむと、立派な井戸場もあるのです。
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↑現役かな?


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こちらの井戸は、井戸場自体が花壇のように転用されていて井戸は使えないようですが、井戸守の猫ちゃがいました。
カメラ目線でしょう?
「おいらに挨拶は?」


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鼻が大きくて、イリオモテヤマネコみたい。こちらを気にしている様子です。

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↑水道の下に格納された電動ポンプの井戸かな?
次々と見本市会場のごとく現れる井戸、ナンバリングしていきたいぐらいだ。

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そしてまたあの井戸守猫ちゃが!!井戸のある所、キジトラ在り。
「・・・挨拶は?」

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こちらの井戸端は、植木鉢に埋め尽くされてほぼ底が見えません。

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オリヅルランやゼラニウムに埋もれる中に井戸の残骸が見えました。
「息苦しいよ~」
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これは井戸なのかもはや私にはわからない。何かの機械かも。
ここまでくると笑いが起きてしまう。しかしここで笑ってたら、ただのおかしな人。

一体いくつ井戸があると言うんだ・・・ハウメニ~
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井戸の他にも廃浴槽。
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表面張力ぎりの際どい水面に欲情してしまう自分。


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北池袋駅のホーム風景も素晴らしい。

ほぼホーム端に近い位置、
トドワラというか、大正池から出ている枯れ木のような風情の物干し。紅をうっすら帯びた色合いのアパート。
先端がビンビンきています。




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同じような色調の物件が線路際に並び建ち、独特の佇まいを造り出しています。

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この辺りを歩いても面白そうだな・・・

ちなみに、北池袋の井戸地帯最初の写真にも、井戸守キジトラ猫ちゃが写っています。おわかりになるでしょうか?



追記:下板橋駅上り線ホームの不思議な耕作スペースを載せておきます。
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東急線では施されないような植栽、否、その無造作感がクールなのかもしれない。
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枯れた茎なども束ねておいてあり、ラフな感じ
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昔は花壇帯のような使われ方だったのでしょうか。


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谷端川・三之橋の女神さま


北池袋駅近辺の過去記事はこちらです。
上池袋~北大塚あたりを歩く(谷端川巣鴨学園支流暗渠も)



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by onnbubatta | 2016-06-25 10:21 | 谷端川 | Comments(0)

沢蔵司稲荷近辺の麗しい水路跡

遅くなりましたが、今年初の記事になります。
本年も宜しくお願い致します。
暫く記事を書いていなかったので、リハビリがてら綴ります。

丁度一年前、冷たい空気に包まれた曇天のある一日に小石川近辺を歩いていて、散策の最後の行程で流れ着いたのが沢蔵司稲荷でした。
(たくぞうす稲荷、変換にひと手間掛かる)

沢蔵司は伝通院の学寮(栴檀林)の修行僧で、僅か三年で浄土宗の奥義を極めたエリート。その正体は千代田城内の稲荷大明神だったのです。


一年前の様子です。
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長い事文の京に住処を置きながら、初訪問の沢蔵司稲荷。
「パワースポット」として知られているそうですが、そういった修飾語の予備知識に支配されないよう、身構えて中に入りました。
(意地っ張り。「お化けなんてないさ♪」を必要以上の音量で脳内で流す感じ??)
いつもだったら「窪地にダイブ」とか口走りそうですが、軽い気持ちで行ってはならぬと改めて心を整えたり。

道路からは全く見えない窪地地形。進入して初めて、そこに突然穴が開いているような感覚・・・
突発的且つ異質な窪地の形成史を知りたい気持ちが高まります。
曇天下、色が少ない中に、鳥居や献灯の色が妙に浮き出ています。

昼なお暗きスリバチ。やっぱり異様な雰囲気が充満していました。数歩先に親子連れが来ていて、「コワイ~コワイ~」と騒いでいてくれたのが返ってありがたかったです。。

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窪地の底、鳥居の先にあるのが狐棲の洞穴「霊窟」です。

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写りが良くない点が申し訳ないのですが、
バラバラっと置かれた小さな鳥居の数々、穴が塗り込められたような様には言葉を失います。


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↑↑献灯の足元のこういった件も、誰か説明して下さいな・・・(震震震)


沢蔵司稲荷、谷底に漂う妖気もさることながら、谷底に降りる前の際(キワ)の雑多な感じもまた、妖気の序章のような位置づけになっている気がします。

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台地の際に、色々なジャンルの物が置かれている
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こういう表情好き。

lotusさんが、「谷端川に架けられていた”ふじはし”の親柱がある」と教えて下さったのですが、この時は確認出来ませんでした。
(8月に再訪した際に見つけられました!)

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昔おうちにこの柄の風呂敷ありました。今では泥棒さんのアイテムの象徴のような扱われ方ですが・・
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なかなかどうして、この場所に渦巻く妖気によく似合っています。


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水が集まりやすいのでしょう。
ボブスレーの滑走路のような、瓦造りの溝。



沢蔵司稲荷の窪、うまく言えない乍ら、谷端川の支谷っぽくない雰囲気があって孤高の(狐高?)佇まいなんですよね。
谷端川(小石川)、大塚より下流は右岸とか特に大きな支流も交えないなかで。

 
お隣の善光寺にも興味深いものがありました。(ちょっと立ち寄っただけ)

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「昭和二年二月」と書かれた木箱・・・
相当年月を経た木箱が置かれていました。
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さて、表題の「沢蔵司稲荷近辺の水路跡」へ。。

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沢蔵司稲荷の前の道路を隔てた辺りに、溝がありそうな雰囲気を感じたので近づいてみました。
(完璧に私有地に取り囲まれています)

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この奥に水路を感じる・・・

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しかし行き止まり。右側の石組みの湾曲が何とも風情があります。
窪地に向かって行き止まりになるこの雰囲気、関口と目白台間辺りにも似たような場所があったっけ。

何とか確認できる場所を探して・・・一目だけでも見られたら。

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・・・何という美しい水路跡なのでしょう。
私有地に取り囲まれているゆえ、奇跡的にこの形状で残ったものかも知れません。

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こんな遺構が人知れず?眠っていたなんて。
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割と落差もありますね。架橋も確認できましたが、使われることはあるのでしょうか。

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足元には、下水道局のプレートも。


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この水路の下流部分で、痕跡が感じられるのはこの付近だけ。
あとは勝手に小石川へ落ちていくのだろうな、と。
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地割や擁壁マークなどから、このような流路と推測しました。

では、上流部分はどうなっているのでしょう・・?
地形から見て、礫川小学校(地学テイストの校名ナイス)の南東端付近が出発点と思われます。
(丁度その位置に学校のプールがあるので、それが水源か(笑))

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雰囲気が伝わるという点ではこれぐらいかな・・・

 
この時は目視と、下水道のプレートで「水路跡」と思ったものの、暫く胸に秘めていた状態でしたが、


を書くに当たって出会った地籍図にこの「沢蔵司稲荷そばの水路跡」が青線で明確に記されていたのです。

当該地籍図によると出発点は春日通り、富坂警察と礫川小の間くらい。終点は前掲の地図に私が記した青線辺りになっていました。
嗚呼・・・私の目に狂いは無かったよ。ありがとう地籍図。
地籍図には他にも、過去の銭湯として礫川小の北東辺りの「瀧の湯」、出発点付近の春日通りを渡った辺り「塩湯」が掲載されていました。

また過去の住宅地図を眺めていると、沢蔵司稲荷向かいの椋の樹(沢蔵司が宿っているとされる樹。伐採すると祟りがあるという事で今でも道が不整形)の所に交番が在ったり、沢蔵司稲荷児童遊園というのが在ったり。。と様々な発見がありました。
樹にまで宿るとは・・・沢蔵司様の超人的な力にはただ驚くばかりです。


上述の通り、大塚より下流の小石川、特に右岸には目立った支流が無かったような気がして。
ハイハイ、後は惰性で流れていくからね~、みたいな(酷い)。
なのでかなり意外な出会いとなりました。
小石川の支流で本当に合っているのか明言できないのですが、カテゴリは谷端川に交えてみました。
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グーグルアース’東京地形地図)様より拝借した地形図。
礫川小の方からうっすらとした谷が始まっているように見えます。谷頭が小学校近辺ですし、改変もあったのでしょうか。



小石川の谷は「蟹工船の暗い谷」のイメージが支配し過ぎていて、現在の拡幅された千川通りとの乖離幅が広すぎて
なかなかきちんと歩いていません。。



そのあと一度、昨年の夏(9月)に沢蔵司稲荷を再訪したものの、当該水路跡を訪れてはいないのです。。

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・・・以前にも増して凄みを増しておりました。


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谷底の霊窟脇の池跡?
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再訪時にやっと確認できた「ふじはし」橋跡。
初回訪問時は、独り異様な空気に包まれてそれどころではありませんでした。

真冬と真夏、苛酷な気候に何故か訪れる事になる沢蔵司稲荷。

暫くブログを書いていないと、なかなか取り掛かれないものですね。。

ちょっと自らに喝を入れてもらいましょうか。(礫川公園の春日局像です。大河ドラマでは千石出身の大原麗子さんが演じていました。
とにもかくにも礫川れきせん。じゃりじゃり)
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ていっ・・・!


一年過ぎてしまいましたが、小石川界隈を散策した時の写真などを又機会あれば綴っていきたいと考えています。

稲荷大明神の化身である沢蔵司、どんな姿だったのだろうと色々と思いを巡らせています。端正に着物を着こなした長身の姿、お顔は精悍な狐・・というイメージが浮かんでいます。

そんな過程で度々思い出されるのは、芥川龍之介の「点鬼簿」の一節。
心を病んだ母に、絵を描いてくれと頼む幼少期の芥川龍之介。母が描いた幾つかの絵の人物の顔は、狐だったという。

僕の母は如何にももの静かな狂人だった。僕や僕の姉などに画を描いてくれと迫られると、四つ折の半紙に画を描いてくれる。画は墨を使うばかりではない。僕の姉の水絵の具を行楽の子女の衣服だの草木の花だのになすってくれる。
唯それ等の画中の人物はいずれも狐の顔をしていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

追記。2016年4月、こちらで夜桜を鑑賞した際の写真です。ライトアップとかやっていなそうなイメージだったので、思わぬ景色に息をのみました。(牛天神と沢蔵司稲荷に夜詣してようかなと軽い気持ちで・・・)


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↑この写真が一番好きかな?右側に張り出した感じと、何色なのか描写が難しい闇の色。

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灯のアーチ部分の意匠が素敵でしょう~


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ライトの具合なのか、この一枚はほんのりアーティフィシアルな桜色の映りになっていますね。


「下に」降りてみようかと勇気を振り絞って階段を降り始めた途端にこけて左足を挫いて、あ~もう無理だ無理だとそそくさと引き返したのでした・・・







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by onnbubatta | 2016-02-27 12:39 | 谷端川 | Comments(9)

煉瓦が導く小石川砲兵工廠の谷戸

春頃からこの界隈に足を運び始めて、歩く先々で煉瓦の遺構に出逢ったのでまとめて綴りがてら砲兵工廠内にあった窪地に関するお話など。

まずはご存知の方もいるとは思いますが、つい最近知った、礫川公園内の「小石川トンネル射撃場跡」。
現在の地形図では失われた「窪地」を利用して作られた可能性もあるそうで。。


後楽園の駅を出てすぐの礫川公園へ。小石川の台地のクライマックス的地勢下。

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礫川公園はその地形をいかんなく発揮した二段構造の公園です。
公園も含め、東京ドームや中央大学のキャンパス等一帯の土地は水戸藩邸→東京砲兵工廠という変遷を辿っています。

濃厚なバスクリンカラー。クロレラとか育っていそう・・・

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階段に近づくと丸ノ内線の音が響いてきます。
階段脇に、僅かに人が通行出来る程度の空間があり、石段のようなようなものが続いています


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最終警告の貼り紙と金網柵、繁茂する植物に阻まれます。


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トンネルのアーチと塗りこめられ封じされた入口が確認できます。


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アーチの上部に所々穴が開いているのが確認できます。

小石川トンネル射撃場(旧東京砲兵工廠射撃場)の歴史については文京区ライフル射撃協会の方が個人でまとめられているサイトに大変詳しく書かれているのですが、明治の初めに東京砲兵工廠が置かれて、この射撃場自体は明治16~18年ごろの完成と推定されるとのこと。陸軍の軍用小銃や機関銃の試射を行う場所として利用され、戦中~戦後はライフル射撃場として利用され、1999年に国・区へ返還され終焉を迎えています。(戦時下の食糧困難によりシイタケ栽培が行われていた時期もあったそう。薬莢とシイタケと。)
明治~平成にかけて発砲音を吸収していたであろうトンネル。

現在はこの煉瓦造りのトンネル入り口部分のみがひっそりと残っているようですが、地下のトンネルはどのような状態で残っているのでしょうか。。



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ピンクの○印がトンネル入り口。小石川トンネル射撃場のサイト様を参照させていただくと、中央大学の方にトンネルが続いているようです。

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帝都地形図(昭和5年補正 昭和22年補修)で同地点の地図を引用参照しながら説明をさせていただくと、上の方の地図のトンネル北端付近に謎の窪地が食い込んでるのが見て取れます。
こんなところに谷地形があったなんて・・・(牛天神の東側にもちょっとした谷地形が参加していますね)
いつものように谷に向かって尋問する。「どこの所属だ?」
ブログ記事のカテゴリーも取り敢えず「谷端川」としましたが「神田川支流」になるのかな??

こちらの谷地形、今まで認識の片隅にもありませんでした。

ですがそれより以前、明治時代の地図ではこの谷、もう少し控えめな食い込み方でしか描かれていないのです。
手前で終わっているというか。
現在の地図上に落とすと大体このようなイメージ。

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WEBで調べますと、射撃場を設置するにあたり、この窪地を利用応用+窪地の西端を更に造成して利用したのではないかという記載も拝見することができました。
窪地の拡張?延長?
利用する側、される側。

詳しい事は判りませんが、中央大学~戦没者墓苑~礫川公園にかけて谷戸が空洞で眠っているのかもしれません。
この辺りの古い地図、軍用地なので改描により空白になっていたり、ちょうどエリア的に地図の切れ目で。

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上述の、砲兵工廠敷地内の二つの谷戸の僅かな痕跡でしょうか?かつての窪地付近の等高線の揺らぎをオレンジ色で囲ってみました。
(東京地形地図さまのグーグルアースより引用作成)

後楽園周辺は古地図、昭和の航空写真、何を見ても楽しくて見る都度様々な発見があります。

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↑goo地図の明治期古地図より引用したもの。
現在のラクーアの敷地内に水路走ってます(古地図内の池の右側付近)


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goo地図の昭和22年航空写真より。
後楽園球場が卵のように。


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同じ画像で現在の後楽園駅周辺付近(ちょうど、射撃場のトンネル上部辺り)に不思議な円型がアーチを描いて配置されています。
高射砲陣地???

その他にも、都立中央図書館でマイクロフィルムの古い住宅地図を見ていたら、後楽園ゆうえんちの今のラクーア辺りに
「飛行塔」と表記されたアトラクションを見つけて、その表現が奥ゆかしいなと思いました。
(パラシュートの事?私は落下傘と呼んでいましたが。。)


公園の片隅、樹木の隙間にひっそりと残る赤煉瓦のトンネルアーチが、
今まで考えも及ばなかった細身の窪地へと導いてくれたのでした。まさに入口。
冒頭では「軍遺構」として見えていたトンネルアーチが、「谷戸・窪地の封じ口」として新たな姿を見せてくれた気がします。

永井荷風の「伝通院」の描写に
「・・・水戸藩邸の最後の面影を止めた砲兵工廠の赤い裏門は何処へやら取除けられ、古びた練塀は赤煉瓦に改装され・・・」
という一節がありますが、練塀ではなくても砲兵工廠時代の名残を伝え、隠れた窪地について示唆を与えてくれた赤煉瓦。

何故か、かつての砲兵工廠敷地から出ても、周囲には赤煉瓦が多いのです。

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中央大学敷地と道路を隔てて西側にある常泉院の外壁。
ここを歩いているときに軽トラの八百屋さんがちょうど停まっていて、近所の方がお買い物に来ていました。

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常泉院入口付近にあった「魚霊之墓」。
他には明治期の落語家「朝寝坊夢楽」という方のお墓があるそうです。荷風が「夢之助」の名前で通い弟子として一緒に寄席に通ったというのがこの師匠との事。脱力系の名前で良いな~。

一枚上の写真の煉瓦塀の道(二回くらい鍵型に曲がる)を道なりに歩いて行くと、牛天神のある牛坂に差し掛かります。
江戸~明治期の古地図などをみると当該地に「龍門寺」と記されている寺がありますが、廃仏毀釈の折に廃寺となった、牛天神の別当寺の事を指しており、江幡潤「文京の散歩道」に拠ると安藤坂にほぼ平行している通りは龍門寺門前町を形成していたとの事です。

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人が吸い込まれていっているような坂


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坂の北側、石組みの美にしばし酔いしれる。石組みの内側は文京三中。文京区立中学校には原則として旧小石川区のものは奇数番号が付されているというが(例外もあり)、三は元々この地にあった「三井邸」に因んで付けられたと帝都地形図の説明文には書かれています。


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牛坂から牛天神の敷地に入ると、左手に駐車場があります。表面はコンクリートで塗り込められているけれど、所々に元あった煉瓦が見え隠れしているのが判ります。
壁際辺りに水路があったかな?と推測してやってきたのですが、裏付けるようなはっきりとした痕跡は見当たらず。。
ちょうど牛天神敷地の直下は丸ノ内線が通っているんだよなあ~

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牛天神の石段脇には南側へ向かって降りて行くこんな側溝があり、
水面は少し動きがあって揺らいでいました。


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牛坂に戻って牛天神敷地の西北端辺り、牛天神を支えている煉瓦塀。
写真右奥辺りに牛天神の載っている台地を支える堅牢な擁壁が少しだけ見えます。

牛天神の東端と西端に残る煉瓦。
何か私に囁いてくれないだろうか。。牛天神と水の関わりなど。

牛天神&牛天神周辺についてはまた改めて書きます~。








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
追記。2016年4月にこちらで夜桜を鑑賞した際の写真です。


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こちらでは、境内に一本のみという桜の樹を、妖しいほどのピンク色のライトで照らしているのです。
それが旧い空間とアーティフィシアルな光源、虚実ないまぜな光景を生み出していて、不可思議さに包まれていました。

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牛さんの背後にも光源が置いてあったかな・・・?ほんのり妖艶。
夜桜お七が登場しても何の疑問も抱きますまい。いわんや八百屋お七をや。

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この晩は、東京ドームで何かのコンサートが開かれていたらしく、この辺りにまでぼわんぼわんとした重く不思議な音が鳴り響いて、届いていました。

近いようで、遠くの音が丘の上まで響いてくる。










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by onnbubatta | 2015-09-02 13:19 | 谷端川 | Comments(7)

上池袋~北大塚あたりを歩く(谷端川巣鴨学園支流暗渠も)

最寄駅は東武東上線の北池袋、山手線の大塚辺り。

全くイメージの沸かないエリアだったのですが、ひょんな事から歩いてみたら
色々発見のあるお散歩でした。

地図なしで歩いたのですが、念頭に置いたのは以下の二点です。

①駅名とあまりリンクしない「巣鴨学園」「都立文京高校」この辺歩いた事が無いので行ってみたい
②巣鴨学園北辺りの暗渠に行ってみたい。

.....................................................................................

①、駅間に立地するとそうなるのか、創立の地が元々は違うのか・・・

昔は「ガモ中」って呼ばれていませんでしたっけ。近所のお兄さんも確か通っていました。
こういう呼称が今もあるのか検索したら、「白松ガモナカ」関連のページがズラッと並んでしまい
しばし困惑。
嗚呼もう話題が古いのかと思いましたら
「新御三家」というキーワードとともにヒットしました。

北池袋。巨大ターミナル駅を出発しての一つ目の駅。

d0250051_11301576.jpg

ちょうどこんな踏切名が。雲雀が谷ですね。
夏の暑いときにここの谷に来た事があったのですが、うまく写真をまとめられなくて。。

向かいの地下道にもひばりがや地下道との表記がありました。


赤羽線と書いてあるのも懐かしい。

東に歩いていきます。



左手はヤードのような感じで、道路上に囲いやらがあり自転車置き場などもあるのですが。。

d0250051_11352210.jpg

ヤードの中には立派な彫刻が。
三体くらいの人物像が囲われています。

元からここにあったもの・・・?

「ヨッ!」









ちょっとこの地にあるのが不可思議。

d0250051_11392841.jpg

「達者でな~!」

手を振っている先は雲雀が谷の谷。


























しばらく東へ歩くと、分かれ道となっていて
「お茶あがれ地蔵」というお地蔵様が二股の所に立っておられます。
写真を撮ろうかと思いましたが、ミステリーというかオカルトっぽい事を聞いた記憶があるので
・・・

交差している細い路の方は、旧くからの道のにおいもします。
(懐かしい感じの八百屋さんあり)



d0250051_11444175.jpg

石垣の曲線がきれいです。






























d0250051_11462869.jpg
石垣の上は仮の公園。
補助82号線(旧ガン研通り)の工事開始までの暫定利用のようです。
直線状にさきほどの彫刻つきのヤードがあるので、ああなるほどと得心。

ガン研は有明に移転したのでしたっけ・・・


一度も近くを通ることなく、見ることもないまま跡地はマンション等へ一変したようです。



水窪川流域にも補助81号線計画が進捗しています・・・まさか連番で計画道路を訪れるとは。


d0250051_1201913.jpg

写真の奥へ進んでいくと谷端川&北区との境。

「捨て石」という店名が寂寞とした中に潔さを感じさせる・・・
「捨て鉢」とかも気になる単語。






















d0250051_1221523.jpg

営業はしていない雰囲気でした。




























d0250051_1225285.jpg








































何となく材木屋さんが多い、この通り界隈。
しばらく歩いて明治通りへ。



d0250051_1241929.jpg

道を一本入った所にあるマンション・イン・銭湯。

時既に遅し、3月いっぱいで閉められた旨の貼紙が。

もうここで体を洗う事は出来ないのですね。
幾多の泡と疲れが流れていった事でしょう・・・

お隣には小さな熱帯魚屋さん。


 明治通りを渡って一本中へ入る。

d0250051_1293915.jpg

民家の軒先の金魚鉢から
水面が天井に反射して、ゆらゆら揺れている。

ずーっと眺めていても飽きないくらい、面白い動き方をしました。







d0250051_12112560.jpg

モヤモヤモヤ・・・・~
















いよいよ暗渠らしい道にやってきました。アドレナリンが出ます・・
この地点は勾配が小さく感じるんだけど・・
遡上する方向で歩いていきます。

d0250051_12132840.jpg

非常に雰囲気の濃い道で、
家々の裏手からかちゃちゃ食器を洗う音とか、様々な暮らしの音がすぐそばから
聞こえてきます。

同時に、「不審者を見つけたら即通報」の警告貼紙が非常に狭い間隔で
歩を進める度に目に入ります。

カメラを向けるのはちょっと控えました。

途中のカーブ地点が何とも細く狭く、想像以上に心満たしてくれる暗渠でした!



後々に調べますとLotusさんのブログで「瓢箪池支流」として取り上げられていた流れ・・・かな!?

事前に細かにお勉強してきませんでした・・・池の事等を念頭に入れてきたら良かったかも。結局谷頭の山手線線路沿い辺りまで歩きました
(下流から谷端川辺りはまたの機会に・・・)


立体交差の道路を潜り東へ少し歩くと

d0250051_1223568.jpg

店先に大量の木材が積まれたお風呂屋さん。
燃料の木材から季節の紫陽花が顔を覗かせています。

木屑も真新しい・・・
ジェンガみたいだなあ




















d0250051_1225952.jpg

裏手に回ると煉瓦塀が一部残っていました。































d0250051_1227297.jpg

お風呂屋さん特有の水色の壁が垣間見えました。

あとお風呂屋さん独特のにおい、大好きです。
人工的に合成しえない、女の子の髪の毛からふわりたちのぼるシャンプーの香りとか
プールの香りもそうだな。。。

水と、生ぬるい温度から沸き上がる香りというか。

(私はビニル製のプールバッグのにおいと灯油のにおいが好き)

ここはお隣の食料品店もとても雰囲気満点なのでした。





d0250051_12315665.jpg

「栄橋」からスカイツリーを望む。

「空蝉駐車場」も風情があります。
昔大塚駅近辺でバイトしていた時から「空蝉橋」という響きが気になったり、
源氏物語に登場する薄幸の女性と重ねたり。
(まんがのあさきゆめみしではかなり地味に描かれているので、その印象を街にも投影してしまいます)








かつて大塚の線路沿いに
「ホワイトチャペル」という結婚式場とか
「富士山一生懸命塾」があった記憶・・・



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栄橋そばの、一区間の短い細道。





























・・・はにゃ?

d0250051_12381786.jpg

「何でこんなもの噛まされてるんだよ・・しかもこんな傾きで!」

・・・・とでもいいたげな門扉ライオンのカチカチ。
























d0250051_12412588.jpg

「硬い!硬い!」

肉喰わせろ~














この獅子モチーフ、凄く好きで。
門扉のもいいけれど、重厚な玄関をノックするためのリング状の、あれも好き!








d0250051_12445928.jpg

間口が広くて、文字看板の一つ一つが大きくて
適度にレトロな構え。
目を引くお医者さんです。

至近に「ハナペチャクリニック」という面白い名前の動物病院もありました。
(キャンディキャンディ以来かも・・・)



春日通りに出ました。

通り沿いの「桑澤寝具店」さんの店猫がめちゃくちゃ可愛かったです。
(手足が太めだったから洋猫ちゃかな?)

・・・・・・・・

結局文京高校の方までは回れませんでした&谷端川本体はあまり通しでは歩いた事がまだありません。
都電の巣鴨新田辺りとかもまた今度歩いてみたいと思います~

次回はこの辺りから水窪川を遡上します。

.......................................................

付記:この界隈の小字名「雲雀ヶ谷戸」と「下り谷」の範囲を非常にざっくりと示してみました。

緑が雲雀ヶ谷戸
赤が下り谷(さがりだに)




最近の暗渠散策に関しておおいに依存している明治44年逓信局の地図。
これが役に立ちました。合っているといいのだけど。

※コメント欄の「両字の接する場所・・・」は池袋本町4-3、と池袋本町1-38の地点、丁界。中小学校向かい合う道の一本東です。

・・・地図、昆虫の警告色みたいになっちゃった

新田堀ノ内村、今の上池袋のどこかに
「飛泉の滝」なる幻の滝が在ったとの記載が江戸時代の「遊歴雑記」にあるそうです。

「北から西南に向かって四段になった」
「細い滝」
・・・・・

雲雀が谷(下り谷)なのか、巣鴨学園の谷のいずれかに在ったのかな・・・
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by onnbubatta | 2013-06-05 17:54 | 谷端川 | Comments(4)

大山西町の細い水路

地図を見ていて細道がいいな~と思って訪れました









・・・しかし道の前に立って見たものの、突き当りにはアパートがひしめいているし、家々から
様々な生活の音がするのでそれ以上の通行は断念しました。

偶々、アパートの方が出てきて「コンニチハ~」と挨拶して下さったのですがね。

(あ、それも防犯対策の一環かもしれませんね。不審な人を見かけたらジロジロ見る、声掛けする、って基本対策ですから・・・)

と数歩歩いていたら


d0250051_15371183.jpg

水路ではあ~りませんか(古)

確かに、この辺りかすかながら窪んでいる事に当ポイントに来て初めて気づく。
地図を見る限り、窪み地形では無さそうな素振りだったため意外な発見。



















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蓋素材はブロックの縦横置き・朽ちたダンボール・枯れ草等

実に狭隘




























ここから上流を辿ってみましたが、人家がひしめいており容易には近くで観察できません。
悩ましい


d0250051_1544159.jpg
慰めるかのように、かなりユニークな顔の猫ちゃ登場
お手手が汚れているのも模様かな?


近くの植え込みにはもう一匹キジトラも寝ていました。






















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おお、網越しに見えている

管も飛び出てこんにちは




























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上流部は狭いながらもきちんとした素材の蓋・・・
白っぽいから比較的新しいものかもしれません。

奥は突き当たりの様子






















これ以降の上流はURの団地の堅牢な金属塀と密集する人家に隔てられて、様子を確認する事が出来ません・・・いや一箇所見えそうな箇所もあるのですが人様の地所っぽいので。

インビジブルながらその存在を何となく、そこはかとなく認識できた上流端は千川上水に突き当たるのでした。

~では冒頭の地点から下流はと言いますと、地図で確認できるように学校の敷地となっているのです。
中学校の西に建つと、小さな谷戸の形になっている様が確認できます。

d0250051_15563872.jpg
んん・・・ここが怪しい気配を出していますが。中学南東角

このあとは南北に数100mの商店街の一部になっているのかな?
「ハニ~美容室」のある商店街。

で、コモディイイダスーパーに当たる感じ?

そのコモディイイダの南側が「幸町の直線暗渠」でした。












その直線暗渠は、lotus62さんが地元の方のお話を交えて記事にしておられます。




d0250051_1645262.jpg
うをう、ラスカルのキッチングッズ欲しいい!!





























「幸町の直線暗渠」は2011年の9月に訪問した時の写真となります。

て事は、千川上水と幸町水路をつないでた水路・・・?それってあり?
勉強不足でよくわかりませぬ。


d0250051_16111458.jpg
この水路に合流するのだとしたら、ここら辺かな。。















d0250051_16131859.jpg
















d0250051_16151833.jpg

















d0250051_1614151.jpg
















d0250051_1616251.jpg
残暑に真っ赤なスキー板











タクシーのバンパー格納スペース。






千川上水と谷端川でカテゴリー迷いましたが(幸町の水路は東流の末に谷端川に注ぐので)、谷端川としました。



~追記~

先日、近隣の学校周年誌?を調べて参りました。
学校開校(昭和30年代)の周りの様子が描かれた絵図があり、(回顧して描かれたものだと思います)当該箇所に「どぶ川」として千川上水からの水路が描かれていました。

幸町の水路の方も記載があり、「どぶ川(下水)」との表記があったのですが
大山西町の水路と幸町の水路の接点はそこでは描かれていませんでした。。。

付近は一面の麦畑、少ないながらも田も在ったとの事。
中学校敷地は低地でどじょうがいたとの記載もありました。

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by onnbubatta | 2013-04-15 17:20 | 谷端川 | Comments(2)

猫ちゃに導かれて未舗装暗渠

また猫ちゃのおかげで水路跡に遭遇しました


背伸びしている、水呑み猫ちゃ

d0250051_1582137.jpg

水槽の上に置かれた、発泡スチロール箱の水を飲んでいるのでした

この様子を一緒に観察していたおじさんも金魚を心配していたのですが、
彼ら(二匹いたのです)水槽の金魚には全く関心のない様子

特徴のある背中模様だったら面白かったな~
(昔飼っていた猫は背中にちょんまげ頭の武士のような模様があったのです)








d0250051_1593212.jpg

んんっ ちょいと余所見

立ち姿がホワッツマイケルみたい
伸びた二本足が可愛い。
尻尾だら~ん

この子は何気にオッド・アイでした。
(顔は地味)
白猫以外のオッドアイは久しぶりに見た気がします















d0250051_15112699.jpg
もう一匹のぶち。
フレームアウトしちゃった・・・

この子はペットボトルをカットした容器で水飲み

























d0250051_15123461.jpg
水道メータボックスの上にお座り。















彼らは民家敷地の人工芝の上でお水を飲んでいましたが
d0250051_15134951.jpg
横に目を転じると、この隙間怪しい・・・

















d0250051_1515039.jpg
素材としては、手前は人工芝やカーペット敷き他
多種多様。
中ほどは敷石でしょうか・・・?

回り込んで確認します












単子葉の嵐。
水仙の黄色が眩しい




















d0250051_15175144.jpg
反対側に回り込むとそこは谷端川緑道で、
水路跡の筋(写真真ん中辺り)が見えました。


























d0250051_15205419.jpg
谷端川に流れ込む手前に大き目の石が。

合流部分(緑道側)には
「ここで小便禁止 迷惑しています」的な看板がありました・・・



















板橋区熊野町にて



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by onnbubatta | 2013-04-09 17:41 | 谷端川 | Comments(2)


暗渠、猫、池、高低差、崖、弁天、軍遺構、建築、階段、廃線、天体   その他徒然(適当です)


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