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川で繋がる戸田漕艇場と浦和監獄その②白幡沼周辺の暗渠など

前回からだいぶ間をあけてしまいましたが宜しくお願い致します。

武蔵浦和の白幡沼周辺散策記です。

以前の記事で、戸田漕艇場は笹目川と水門でつながっている件りを綴りました。
その笹目川の出発点とされている(そうでないという説も)白幡沼。

~笹目川自体は白幡沼の水源のひとつであり、旧くは新曽村と笹目村の境界をなし、昭和10年頃浦和地域の排水路として作られ「中央排水路」とも呼ばれていた~とさいたま出版会「埼玉の川を歩く」に記載あり)

白幡沼よりも北に谷は続いていくので、「沼=谷頭」、と思い込んでいた私はこの点に関して少々目から鱗でした。

古くは拳沼と呼ばれていたとの事。(巨人が転んでその手形に水が溜まったという、所謂ダイダラボウ譚・・・近くの太田窪地名もその類だとか。)

いくつかのWEBページを拝見していると、
「個人の所有なのでいつ埋め立てられるかしれない」という大変気になる記載が・・・
登記簿を見た訳ではないので真実はわかりませんが。


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緑のラインが笹目川。
笹目川は真っ直ぐなので、辿っていません。行政上の始まりの所だけ訪れてきました。

上流の淡い水色ラインの暗渠名!?がわからなくてずっとモヤモヤしています。

小さくて見えづらいですが「墓碑」とピンで打った地点が浦和監獄の墓地が現在残されている箇所です。

↑以前の記事で触れた「戸田漕艇場の建設工事に浦和監獄の囚人が動員されていた」不思議な水のつながりを図に表してみましたが、、






沼の右下のおたまじゃくしのような、スポイトのような形、惹かれます。
ちょいと折れた「こまごめピペット」が一番近いかな。
この地点から幾筋かの水路が枝分かれしたり、交差したり。
睦神社の地図が切れてしまった・・・
ここも行きたかったところ~


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冒頭地図の青いアイコン地点。
お天気が悪いので画像暗し。
笹目川の水門、ここから南に流下していきます。上部は武蔵野線の高架。








川を見ていたら、直下から何の予告も無しにいきなり大きな水音、ファウンテン洗礼。
びっくりチキンカツでした
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どこからの放水なんだ



















この日は他所でもこんな感じ、いきなり脇から大量放水が始まるのでした。







上述の枝分かれ水路の一つ
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上述のスポイト部分わかりにくいですがゆるく溜まっている佇まい。
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沼の南端地点。写真右に鳥居があるのがわかりますでしょうか。
沼の東側は舌状台地。高台の地勢に学校群が建っています。
古墳群がかつてあったそうですが、学校建設時に消滅しているそうです。
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鳥居の道には近寄れない模様
















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沼の南端に神様がいらっしゃいました。
頭部の渦巻き他、色々細かい造り。





























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沼は北に行くにしたがって葦が生い茂り、北側は土のグラウンド部分になっていますがかつては沼だったのでしょう。














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左のフェンスより北側がグラウンドになっています。
その境界域に白幡沼の主が。。



















「このへんはこわいぞ みずあそびはやめよう」


↑この河童、白幡沼のヌシかと思いきや

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同じくさいたまの見沼代用水近辺にも類似品が存在しました
白幡の方の看板がずっとヴィンテージででオドロオドロしい




























白幡沼の西側は「白幡緑道」という遊歩道になっていて、更に上流へと谷地形が続いていきます。沼は谷地形の中程にあったのですね。この道が前回の記事にも書いた、浦和監獄脇へと続いていくのです。

しかしこの灌漑用水?暗渠の名前がいまだに判明しません。
(さいたま市のハザードマップにも特に記載なし。他は下水道幹線名まで仔細に記されているものもあったのですが・・・)








暗渠遊歩道は岸町小学校の前で一旦途切れ

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花壇の配された遊歩道の姿になります。
地面の亀裂が至る所に。






























さらに上流へ歩いて行くと柵のある蓋暗渠?に姿を変え
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クランク状に折れたあと、「坂下通り」と一体化します。
赤いアイコンがクランク地点。
この付近前回の「拘置所脇の細道」と平行しています。幾筋もの水通りがあったのでしょうね。
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このあとは常盤公園あたりまで地形的に追えて、判然としない状態になりました。
もう少し西へ孤を描くように(星空の、春の大曲線のような感じ)歩くと、これも前回言及した鯛ヶ窪「浦和監獄の墓地」へ。


















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地図で改めて見ると、別所沼の真北辺りに位置していました、監獄の墓地。






次回は別所沼あたりから。。別所沼の西側も、南へ垂直直下の細長い岬みたい。。



奥東京湾の事などすこし考えつつ、歩くあるく。

異なる線路が造り出す、「複合図形の求積」みたいな形も楽しげ。


市街地に沼がふたつ収まる航空写真っていいな~。
といいつつ、上の航空写真左端辺りも、南北に細長~い「鴻沼」という沼が過去にはあり・・・
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by onnbubatta | 2013-02-26 17:11 | さいたま | Comments(0)

横浜千代崎川支流~幻の江吾田川?滝不動、射撃場跡

久しぶりのレポートです。
さいたまの記事を綴っている途中でしたが、横浜の千代崎川支流をひとつはさみます。

遅くなりましたが本年も宜しくお願い申し上げます。


以前、横浜の千代崎川の事を書いていて出会ったWEBページの中で心に残っていた
江吾田川という支流の事。

以前の千代崎川の記事

現在の地図・地形図を見ても川筋が判然としない(特に上流)のですが、ひょっとしてこれかな?
という痕跡らしきものがありました。






山元小学校、旧い地図では「江吾田小」の表記になっています。



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小さな青果店の向かいの私的な空気が濃い未舗装路地を入る。
未舗装路地前の車道を渡った奥は簑沢の支流。
そちらにも匂う路が沢山ありました。























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しかし、程なくして青い門扉=小学校敷地、が立ちはだかる。
川筋を追っている過程で小学校に分断されてしまうのは、しばしば起こる出来事。

側壁の石組みがしっかりしています。




















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行き止まりの階段から、下流方向を眺めた所。

















昭和初期の古地図でも合流地点までのごく短い水路線しか描かれていない。
別の地図を凝視すると、変電所敷地の西側にもにょろにょろした線が一区画描かれているが・・・


江吾田川の谷頭は根岸森林公園内の窪みだと考えられるのですが
地形が改変された可能性があり、判然としません。

これらいくつかの、丘陵地から流れ出した水が合わさって、
河口の本牧十二天の脇まで注ぐのですね。

どこの川を歩いても想いますが、川は物語だとつくづく感慨深いです。
大手術を受けた川。取り残された川、過去の川。

時々昔の流れを川自体も想い出し、本能で流れ下っちゃう時もあるのでしょうね・・・
(詩人タイム終わり)

広大な根岸森林公園、地図で見るとそら豆のような形がユニーク。
競馬場だった頃の名残、一等馬見席が孤高の異形を見せ付けて今も圧倒的な存在です。

20年以上前に見に来た際はガラスも割られていて荒れた様相でした。
現状ガラスは割れていませんが、徹底的に修復した姿ではなくそのままの感じで残っていたのが
何だか嬉しくてホッとしたのが感想です。

東京駅のように大々的にリニューアルされない感じで、かつ過度に痛々しくない感じが、好み。



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以前も引用させていただいた、長崎大学幕末明治期古写真データベースより、
造成中の競馬場。
ここは敷地北側の外周の孤の部分にあたるそうです








~次に白滝不動尊へ。ここのことはよく判らないし調べてもいませんでした。
アポ無し感に満ちています・・

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各地の階段を歩いてきましたが、ここは斜度が半端無い。
足がマジすくみます。
遠景は「京浜工業地帯!」と大声でシャウトしたくなる、
根岸湾の石油関連施設と高速道路。

海へ一気一直線の益荒男石段という雰囲気。
緩勾配で迂回しない潔さを感じます。

際のキワを実感。









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上記と同じく明治期の周辺古写真。
俯瞰して、当時の光景・立地に思いを馳せる事が出来ます。










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石段脇の地肌が露出しているのが今と違う感じ。













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社殿の西側の崖から瀑布とは言い難いものの、滝が流れ落ちています。
くり抜かれた壁の小さなスペースに神様が。

神様サイドの視点から滝を眺めてみたいです。。
傍らに小屋が建っており、修行が行われたのでしょうか。

崖の上は住宅地が迫っている立地。














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こちらは崖の上から見守る神様。?
後背部の彫刻の文様が流れる感じで、思わず凝視していまいます。


























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「磯??滝二業??組合」と彫られた石柱が横たわっていました。













元々は地元根岸の人々の信仰厚い祠だったのが、明治期の神仏分離を経て
現在は宝績寺の境外仏堂扱いになっているとの事。



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擁壁面からの染み出し。
ここにある柄杓は全部柄が長いタイプ、新鮮でした。




























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滝至近の邸宅跡?現駐車場。
石組みの門柱と、上段が赤煉瓦ベースの上に丸石が組み配されている外壁。下段は四角い石組み。
丸石はかなり剥落していたけれど、崖上の眺望抜群の邸宅だったのではと想像します。


外壁のアーチのような空間??は何の役割を果たしていたのでしょう。

穴っぽいものは気になります。

土地の管理地がこの辺りの「共有地組合」的な名前だったのが印象深かったです。
また、封鎖されていますが滝不動へ降りる階段もついていました。
物語のありそうな、跡でした。

このあたり、ついてくる猫もいて、おばさんに
「この猫貴方の事気に入ってるみたいよ。」
と言われたのが嬉しかったです~

毛だらけになっちゃったけど・・・


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ここも滝の近くの坂+階段。
「崩落危険急傾斜地」の看板が降り口に立っています。

どっかに吸い込まれてしまいそうな空間だ・・・

子供を後部座席に乗せたお母さんがきて
このまま自転車で下っていくのかとびっくりしていたら
お子さんを片手でひょいっと降ろして
自転車から降りて引いて、下界へと消えていきました。。。
この辺の方は子供連れのままこんな急坂を降り下っちゃうのかと
一瞬ドキドキしました。


先の見通せない九十九折の石段坂。(坂の名前がわからない)
一歩降り下るたびに景色が変わっていくのがたまりません。



このあたりの高台までくると時折、坂の間の隙間とかから工場地帯の煙突が見えてきてハッと我に帰る感じ。上の写真も判りにくいですが、根岸湾の煙突を望めて、海とのつながりが開いた感覚です。




明治期古写真を見ていると何度も出てくるタイトルが
「不動坂からの本牧岬」というもの。
不動坂、というのは不動下の大きく迂回する車道かな?

その当時の人々を惹きつけてやまなかった景勝の地だった事でしょう。

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淡い彩色が美しい写真。
本牧の一の谷、二の谷、三の谷が刻まれている姿がよく判ります。
車夫さんさぞかし大変だったでしょうね。
















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世界一美しいと外国人からも絶賛された根岸湾と
綺麗に耕作された畑。






微妙にアングルが違う地点を見比べながら、美しい写真の数々に見惚れてしまいます。





そして古写真を見ていて目に留まったのが
「ライフル射撃場」。
以前の記事内で「山手の大和商店街も谷だった。。。」の件に触れましたが
まさにその細長い谷地形(下の地図で緑ラインで示した辺り)を利用した「外国人のライフル射撃場」だった事を改めて、知りました。

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タイトルは「スイス祭りの射撃大会」

文京区の弥生町・大久保・大森等々、銃声が響いた谷たち。
横浜山手にもかつて存在しました。








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相変わらず激しい谷たちです。
写真右下の孤立丘のような形状がまたまた気になります。














家宝の「和楽路屋地図」S41発行(¥400!)で横浜主要部のページを見ていたら
今回のエリアの西・現磯子区丸山辺りに
「餓鬼谷」という気になる旧名がありました。
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by onnbubatta | 2013-02-13 11:45 | 神奈川 | Comments(0)


暗渠、猫、池、高低差、崖、弁天、軍遺構、建築、階段、廃線、天体   その他徒然(適当です)


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