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続・後楽2丁目の水路跡~地籍図から判ったこと

4月に綴った、文京区後楽2丁目の忘れられない水路跡のこと。
前回の「後楽2丁目の水路跡」の記事はこちらです。

あれから更に2度ほど現地周辺を徘徊して、改めて判明したことや周囲の様子、変化などをお伝えします。

まずは6月。私がこの水路跡と出会った地点なのですが、隣接地が更地となり、景色が開けていました。
極狭い水路跡なのですが、大分印象が変わるものです。


今回は諏訪神社側から入って行きました。
風情のある敷石ですが、此処の路自体は水路かどうかはわかりません。

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沿道のおうちの竹柵や緑のしつらいが実に趣深いです。
芭蕉ルックで歩きたいぐらい。

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壺!?用水!大きな文字!


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前回も通っているのに全く気が付かなかった、用水桶(?)。
(ご覧のように、かなり存在感があるのにも関わらず。)
前回はこの付近に可愛い猫ちゃがいたので、そちらに目を奪われたのもあるのかもしれません。


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前回の記事で行き止まりとなった金網。そこを右に進むと用水桶のある小路を抜けて諏訪神社の方に脱出できるのです。



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ぼけてしまったけれど、相変わらず陰鬱で情緒たっぷりの水路跡。傾斜も健在、超ヒューミッド。
またまた壺かと思いきや(新種のトラップか?)溶剤の容器みたいなものがドンと置かれ、前回と何やら雰囲気違う、と思ったら・・・

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隣接地が更地になっていました。
4月に訪れた際は、解体するような素振りなど感じられなかったのですが・・
よりによってこの場所。


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↑こちらが4月。閉塞感凄まじい。
比較してみると、上の6月の画像は「息が出来た」状態なのかもしれません。
これまであまり陽の当たる事の無かったこの水路跡。(比喩ではなく)
隣地が開けた事で、苔の植生に影響があるかもしれませぬ。

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前回ぼけてしまった、行き止まり地点のシャワールーム風の水色扉地点も写真に収めてきました。


そして7月に入って判明したこと、なのですが、別件で牛天神についてちょっと調べ物をしている過程でひょっこり手にした地籍図。
そこにはここの水路跡と、周囲の水路跡がばっちり表示されていました。
たまたまその地籍図に記載されていただけで、他にも水路跡があると思います。
(明らかに川跡であっても特に明示していないケースもあり)

図示すると大体このような感じ。もう図書館で声をあげそうなくらい興奮しました。
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薄い水色は前回も示した通り。その延長線上、水色線右下の濃い青色(前回金網で行き止まりになっていた地点)は鍵型に描かれていました。(古い地図でもこのような地割で書かれていたので、これは想定内)
当該部分の痕跡は確認できず。

水色線の上の濃い青線。これは当該水路跡と接続したものかどうかは判然としませんが、地籍図で見ると
崖上にあった(現在一部残っている)三井邸敷地の直下から流れ出しているような水路。
現在の地図上に落としてみると、建物の間を縫うような感じに。

図書館のアフターに現地に直行。気温33~34℃。
日射病に注意しながらの行軍。

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雰囲気はあるものの、明確な痕跡は無し。

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巻石通りに向かって落ちていく感じ。
これだけの落差、滝のように流れていたのかな?

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巻石通り側から。ミニストップ春日2丁目店(画像右)の脇辺りを降りてきたのでしょうか・・・?

そこから先に描かれていた水路は、現マンション敷地(ライオンズマンション)を斜めに突っ切って(大曲給油所のあった地点)、前回ご紹介した水路跡地点(大通りに接面している未舗装部分)の近くに至っていました。


未舗装部分の地点はこちらです。↓(4月訪問時)
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この未舗装部分が、5枚前の画像の「水色の扉」に繫がっているものと思われます


更に。
前掲の地籍図にはもう一本、前回の記事でご紹介した水路跡の南側を流れる水路(微妙な緑色で塗った水路)も示されていました。
諏訪神社を挟むような。
期待を胸に確認しに行きましたが、ここに関してははっきりした痕跡は無し。

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建物の並び方がそれらしくはあるけれど。。この水路跡に接する箇所がどこか工事になったりした際に何か判るかもしれませんね。

ここにきて、水路跡、ここも、あそこも!と浮足立ってきたのですが、
よくよく考えたら江戸時代初期は白鳥池~小石川沼と称される大きな湿地帯だった辺り。何だか可笑しくなります。
広大な沼にユラユラ漂いつつ、ミクロな水路跡を掻き分けて行く。
行ったり来たりの、いつも通りの思考の沼へ。

しかし改めて、周りの景色が様変わりする中でよくぞ残っていてくれたものです。ここの名も無き水路跡。 


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民家の隙間を埋める用途に、手書きの古い案内板が使われていました。
「この先白鳥橋・・・・右折が出・・・」

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近くのマンション建設予定地で、遺跡の発掘調査が行われていました。
二度と見られない地表下の姿が期間限定で露わになっています。
図書館で、ちょっと離れたところの遺跡発掘調査報告書を読んできたばかりだったので大感激。
谷を埋めた、で始まるので喰いつくように読み進めたのですが、文中の

「・・・整理調査の図版作成作業は主にパソコン上で行った。『遺構くん』で図化したデータは・・・」

使うソフトの名前が

「遺構くん」
ここがツボで・・・
新聞販売店店頭にある「ニュースくん」、
昔シークレットシューズで「かかとくん」ってあったような?
(そこの報告書がまた大興奮ものでした。茗荷谷辺り~。発掘調査報告書は一か所読み始めると良い意味で泥沼化するので、いつもどう~どう~と自分を制御するのが大変なのです。青少年か~。)
あと、子供の頃よく読んだたかしよいちさんの「埋もれた日本」も思い出して、外気も暑いけど胸も熱くなりました


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発掘現場の反対側から。
この界隈の何処を歩いていても目に入ってくる、住友不動産のビル。
「洒落たタワーですな。」と独り風景に話しかける。
白鳥池・小石川沼の畔に聳えるのは、「泉」を屋号に持つ住友の塔である・・・
時折、時空がユラユラし始めた時に、この近代的なビルの鏡面にふと沼が映り込む瞬間があるのかもしれない・・

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諏訪神社の参道前の商店街にて。風に吹かれて揺れていた文京朝顔ほおずき市の幟。
古地図プリントに見入ってしまいます。(エンマ様がちょこんと鎮座!鎮座しているようでもあり、飛来してきた雰囲気もあり。)

地籍図、今回初めて手にしたような気がしますが、独特の匂いが立ち上っておりました。。(折りたたまれた薄紙の地図が何枚か収録されている。)
綺麗に製本したものも別にあって、そちらの方が扱いやすいのですが、匂いはともかく閲覧するなら折り畳みの古いバージョンの方が水路線の青が濃いので満足度が高かったです。

お昼御飯も食べずに、炎天下を無我夢中で歩きました。
(結局15時半過ぎに、うどん市というお店で天ざるにありつきました・・・昔よみせ通りに同じ名前のお店があって、ついつい懐かしくて。)

そろそろここの水路跡にも何か呼び名を付そうか・・・「後楽二丁目の水路跡」「前回の記事の水路跡」じゃ、もどかしいものね。



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by onnbubatta | 2015-07-18 09:57 | 神田川支流 | Comments(6)

中野区大和町3丁目の谷(妙正寺川:おばあちゃん支流)

新しいカテゴリ 中野区です。皆仲良くしてね。 

2月の訪問です。なぜ唐突におばあちゃん支流かと言いますと、(人前では、おばあちゃんじゃなくて祖母と言いなさい!お母さんじゃなくて母と言いなさい!そんな声が遠くの方から聞こゆ。)

実はこの流域、私の祖母の家のご近所なのでした。(どうしても祖父より祖母の方が近い存在なので。世間一般にも、おばあちゃんの方が訴求力あり。これを私はおばあちゃんエコノミクスと捉える。食品なんかで顕著なのですが、○○おばあちゃんのたれ、とか。同義でステラおばさん。)

しかしながらこの谷の方に徒歩で降りた事は恐らくなかったと思います。この先には谷があるんだなという、薄ぼんやりした、夢の途切れるような認識でした。

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陰影図(東京地形地図様いつもありがとうございます。)で見るとこのような感じ。より認知度の高そうな、蓮華時の谷の東隣りです。
胴長の生物の、前足のようにも見えますね。
そして何か全般的に茶色っぽいなあ~。

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色々独り突っ込みたくなる箇所が。何か尖がって立ってる所(矢印上。野方の環七の所。)とか。
下の矢印の所、開いてるんですけど~~
逆クレーター?色の濃い部分は標高が高いですものね。
逆バリンジャー(隕石孔)とでも洒落てみましょうか。

環七渡って東、野方の谷の方には学生時代お付き合いしてた人の下宿があって、そこに行った帰りにそのままおばあちゃんちに寄ったりもしていました。
可愛い孫だった、そんな存在の私がみだらな雰囲気でおばあちゃんちに寄ってしまって、きまりの悪い感じがするので、環七をリセット境界として心を入れ替えていたのでした。


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大和町三丁目の支流は、おそらくこのような流れ方をしていたのでは。(濃い青線)流末はちょっと曖昧です。
蓮華寺の支流(水色線)と、大和小学校辺りを介して関係していたと思われます。

今回は谷頭付近を散策。


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旧い地図を見ると記されている、谷頭の池。
名前は付与されていたのでしょうか?・・・私は三角コーナーの池、と認識しているのですが。

昭和40年代の住宅地図をめくると、谷頭の池の更に上流が存在していた事がわかりました。


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角地に位置する谷頭の水源辺り。手前に更に上流としての水の流れの痕跡がありました。


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画像がボケてしまったけれど、水路の護岸のような石が続いています。

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やや右に屈曲しながら消え入りゆく君を想う。
結構な長さのパイプもいいよね。筋が通ってる風情。

此処から奥へは、家々の隙間に飲み込まれる形で消えていきます。先に示した地図では最上流辺りで道路に接面しているのですが、痕跡は確認できませんでした。

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水路跡のすぐ脇には三段余りの段差が存在します。端がやや崩れかけている所に惹かれます。
最上流辺りをぐるぐる廻ってみることにしました。

この階段を昇ると、目の高さに井戸がありました。
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「官兵衛!??」

(前回の大河ドラマ冒頭に出てくる甲冑の画像に凄く通じるものがあるな~、と独り感動しきり)

被せものをされている井戸でした。井戸の先はゴムホースが接続されていたので、今でも使われているのかな。
ちなみに祖母の家にも昔は井戸があって、スイカを冷やしたり体重をかけてジャージャー水を出してみたりしましたよ。現在は残念ながら失われましたが)

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こちらにも石段が。年月を経て、佳い風情になっています。水路跡?って思ってしまうくらい


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石段の隣は公園になっていました。
其処の前の電柱に何だか素敵な貼り紙が。

「魚やさんは暫くの間お休みするそうです」

魚屋さんを待っている人が、いる。

この紙一枚で、私の知らないある日の夕方の風景が思い浮かぶ。

これ2月に撮りし写真だから、お魚屋さん、復活したかな?

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地形的に体感出来た最上流はこの地点。手前が窪み。道幅にずれのある、赤い消火器付近。
でも古い住宅地図ではもう一区画西のようなのですが。


中流~下流はこれといった痕跡が少なく(端折り過ぎ)。


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軒先の土嚢が自然に還りつつある風景。


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発泡スチロールとペットボトルで形成された外構物のお宅とか、

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流末付近に安置されていた、階段下のお地蔵様。


帰りは高円寺から帰ります。懐かしいあれこれを確認しつつ。

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本当に寂れてしまった感のある、大和町中央通り。
「民生食堂」という看板に惹かれました。

中央通りの貸本屋さんで漫画を借りてきて、祖母の家に泊まった際に読んだり。
「何でも好きな本借りてきていいよ。」とお金を渡してくれる祖母。これぞおばあちゃん、なのでした。

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隣地が更地になり、トタン外壁が光を浴びて。
万国のトタニストよ、集結せよ!


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この辺にコインシャワー屋さんがあった記憶が・・・


そして愛しの早稲田通り。古い地図では「府六十五号中野桃園所沢線」。古くは中野にあった地名の「大場通り」ともいわれたそうです。
早稲田通り沿い、大和町郵便局(昔からある)の隣の、淡いサックスブルーの、素敵なお医者さんの古い建物
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二階の柱の様式に注目

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商店街の中に佇む庚申様。
いつも手を合わせたり、礼をしたりしていた大事な庚申様です。現在は商店街に対して西を向いているのですが、かつては真南を向いていたそうです。
ここの向かい辺りに小規模なゲームセンターがあって、お年玉をゲットした従弟の男子組が真っ先に参じていました。


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ここの鶏肉で唐揚げを作ってもらうと本当に美味しかったのです。
今は営業しているのかな?

そして、純情商店街の入口付近にかつてあった不二家での食事に思いを巡らすのでした。
ハンバーグを注文することが多かったかな。
お正月に一族が集まる際には、トリアノンのケーキが大量に出されていたっけなあ。

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by onnbubatta | 2015-07-09 14:38 | 中野区 | Comments(0)


暗渠、猫、池、高低差、崖、弁天、軍遺構、建築、階段、廃線、天体   その他徒然(適当です)


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