嵐を呼ぶ?古隅田川と旧古隅田川辺り歩き(岩槻・春日部)

所用ついでに、限られた時間でしたが岩槻・春日部の境辺り、古隅田川・旧古隅田川沿いを少し歩く事が出来ました。
2012年11月末の訪問記です。

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ピンクの印が東武野田線の豊春駅です。鉄道の北側(写真真ん中より左寄り)の台地は
慈恩寺台地、写真左端辺りが元荒川です。

元荒川の鉄橋に「人形の町 岩槻」と銘打ったペイントが車窓より見えて、気分が高まります。



中央の農地が干拓地みたいで面白いですね。




花積貝塚の方、行政境が入り乱れ具合がカオスです。
乱れた慈恩寺台地、干拓地のような農地、くちばしのように鋭利に突き刺さる岩槻市・・・

においのする要素がいっぱい詰まっています


東岩槻図書館辺り、ここは孤を描く行政界となっています。
この水路跡?が北部で古隅田川と接し、2号線辺りからは開渠となって姿を現し旧古隅田川と
称するように見えるのですが、詳しくは調べていません。
(古隅田川の行政的管理所轄がややこしく。)


名前からして、過去の川扱い。旧古隅田川なんて本当に。
人の手・自然の力によって流れを変えられ、翻弄されてきた過去からの大河。


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この地点は完全に水が流れていません。
東岩槻5-10地先辺り。




























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しばらく水の無い水路が続いた後、開渠となります。
木橋の向こう、堤の下に広がっているのが前述の農地です(過去には入り江だったという記載を見た事があります)
堤の手前は耕作がされています

送電線も悠悠と線を張っていますね・・・

この辺り送電線・鉄塔を鑑賞するには非常にお薦めの地域です。




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どこを写しても背後には送電線。





























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中央に堤のような盛り上がりが見てとれます。

2号線を渡ります。



























旧古隅田川、橋のたもと。

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こんなところにピンクのマットレス投棄しないで下さい~



























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ご覧のように、水質はいまひとつです。




























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同じ橋際に佇んでいた神様。
剥落が激しすぎてお顔は判別しがたいのですが、何とも言えない雰囲気があり、
しばしの間見入ってしまいました。

右のお皿はカキ氷のカップかしら・・・

















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何と云うか
石の方から近寄って来てくれる、みたいな空気でした

横から見た出っ張り具合にも魅せられるなあ・・・
宙に浮いてるかのような、崖観音様のような・・・

















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こちら側から見ると道標に。

う~ん、読めないけれど
「こしがや」・・・?























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もう少し旧古隅田川を歩いてみたかったのですが
時間があまりないので再度2号線を渡ります。

カラスが羨ましい。

旧古隅田川はこのあと北上して古隅田川に合わさります。

「北上する川」って面白いなあ~・・・














元々は古隅田川は(旧も含める)利根川本流として南下していたものが
関東造盆地運動によって地形が変わり、流れの方向も逆になったとか・・

ぽっかりと低く窪んだ土地と言えば幸手辺りが知られているけれど
春日部もそこに入る、という説もあるようです。

沈み行く街・粕壁・・・

大河多いですもんね・・・


しばらく下蛭田地区の住宅街の中を歩いていると・・・

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いきなり開けた場所がありました。
何か旧いものが集まっているにおいが・・・
あとあと調べましたら東光院というお寺が廃された跡との事。

木のある塚?小山?が非常に気になります!



山・宝塔の前には「きけん 登るな」の看板あり。


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近寄った所、登れなかったのですが
各種の旧そうな石が無造作な感じで置いてありました。










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どれも彫りが深く明瞭で立派なものです。













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これはちょっと傾いてしまっている





























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山の頂近くにあった石。

流れるようなライン。

























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反対側から「山」を眺めたところ。

富士塚なのでしょうか・・・?
「◎◎大神」とあるのかな。
浅間大神かな。

隣の赤い屋根の建物は地域の集会所のような施設でした。


















グリーンのアイコンが旧古隅田川の橋(神様)
オレンジのアイコンが下蛭田の廃寺跡

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東武野田線と古隅田川が交差する地点に辿り着きました。

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この地点、カルガモもいましたが、傘なんかが投棄されていたり、あまり綺麗ではなかったです。
傘が開いたままになっているの、おわかりになるでしょうか。柄が水面から顔を出しています。

でも橋梁はちゃんと投影されていますね~

お天気が良かったからでしょうか










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この辺り、古隅田川沿いを歩く事が出来ます。
ここは冒頭の広大な農地に面していて、牧歌的な雰囲気を濃厚に感じます。
縁に植えられているのは桜かな。




















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春日部市、花積東武住宅地辺り。





























事前に地図を見ていた際
この付近に「住吉神社」があって興味深いな~・・・(住吉神社は海の近くにある神様のイメージ)と思っていたのですが
見過ごしてしまったようです。。。


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古隅田川沿いから一本中の道に入ると
平屋建て住宅の連なり+気になる蓋の連なり


























再び川沿いに戻りしばらく歩くとと行き止まりになります

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遮るもの何も無く干されし布団





























この行き止まりの地点辺りが古隅田川の行政管理区界らしいのですが・・・
そんな場所に在ったのがこちら。

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馬頭観世音様。
















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お地蔵様の顔がスパンと欠けてしまっています。

どのような表情・お顔だったのでしょうか、知る由もありません






















馬頭様のあった辺りはちょうど岩槻/春日部の境あたり。
出発地点の反対側に戻ってきた辺りだったのです。


最後に少し台地(慈恩寺台地)の方にも寄り道

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この辺りお寺や神社・聖天様・貝塚があり
古代からの人々の息吹を歩きながら肌で感じます。


・・・ってこの方どなたでしょうか・・・




















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あとはこんなスケアクロウ(かかし)的なのを見つけて。
カラスのは良く見るけれど、隣の塑像みたいなの何・・・?










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アトリエっぽいですね。
効果の程はいかに・・・














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おまけ

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春日部は地理的に面白い所が沢山で(自然堤防なども見たかった!)何回も訪れたいくらい。
中でも気になっているのはここ!春日部共栄学園の近くの、このフックのような堀(?)




浦和美園の堀に囲まれた謎のお屋敷(消滅に似ている気が。地図だけですけれど・・・
ここももう無かったりして
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# by onnbubatta | 2013-05-10 13:11 | さいたま | Comments(8)

前谷津川のショート・蓋暗渠と、載っかりもの

久しぶりの前谷津川関連です。

上流~中流(ヒエラルキーではない)界隈のちょっとした蓋暗渠たち


◎しのがやと公園そば
以前見掛けていたものの、「またの機会でいいや~」と全容を追究していなかった物件

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下流(すぐそばが前谷津川本流)方向を向く。

このフェイドアウト加減というか余韻というか。
化石発掘グッズのような道具で、この砂利をどかしたい・・・




















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初回訪問時に視認していたのはここまで。
しかし少し続きがあり、蓋暗渠は突き当りの塀を曲がっていたのでした。

























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直角に西へ折れて、半分が蓋暗渠(等辺に近い蓋)、半分がカーペット敷き。



























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塀の上に見返り美人中の猫ちゃ。

家々の裏手で通行は躊躇われたので
反対側に回り込みます。

小虫がうわんうわん浮遊していました。

途中からはカーペット敷きの上に敷石が置かれています。















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蓋暗渠が確認できたのはこの地点まで。






























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此処での用途は、ちょっとしたガーデニングコーナー及び物干し台設置スペースというところでしょうか。

プランターがスキー板を装着しているようですね






















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塀の上は猫ちゃのダイニングスペースだった模様です

































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◎森川医院の暗渠(仮称)

持っている旧い地図で森川医院の隣にある為、この名称でインプットされているもの。
(現在、医院はありません)

2011年お盆の訪問で、いささか古い写真ですが

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段差やマンホール、古びたコンクリート構造物(鉄筋入り)が特徴と言えば特徴。
写真には写っていませんが古びた一斗缶が当時は置いてあって、ちょうどその頃
「一斗缶殺人事件」というのが世間を震撼させていた時期で、ちょっと怖くて不気味
だった記憶が甦ります。

ここは北側の「松月院通り」から見ると微かながら凹んでいて浅い谷地形が体感できる場所



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頭上にはざくろの木が覆いかぶさり・・・




























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上流側の蓋暗渠ではない辺り(半分くらいは舗装されている)の塀の上には割れたざくろが
乗っかっていました。











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乗っかりものといえば、他所では目黒区の清水池辺りの暗渠でも。
これも古い写真です・・・同じく2011年の10月。

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写真が暗い!
トマトかと思いきや・・・















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たぶん熟しすぎた柿じゃないかな・・・

干してるのかな。














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こんな暗渠のそばでした。
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# by onnbubatta | 2013-04-30 17:05 | 前谷津川 | Comments(0)

春の小豆沢・赤羽~三つの池・井戸・階段等

小豆沢~赤羽あたり。

小豆沢の台地近辺は初めて、赤羽界隈は数年振り!


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教室の椅子みたい。服地が伝線しそうな木目ぶりが古びた味わい。小豆沢。














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小豆沢神社近く。
神社周辺の古色蒼然としたくすんだ色合いの中で
独り匂い立つような妖艶なお花。名前判らぬ。

→ツツジの華やか版かと思いましたら
「石楠花」しゃくなげ、でした。






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日の基青老閣にいた猫ちゃ。
ここらにいる猫たちはみんな毛色がミックスで、微妙なニュアンスのある色でした。














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キャプテンハーロックみたい・・・?















何ゆえ老人ホームに来たかというと
以前、地下水で自己施設の上水道をまかなう「専用水道」の記事を書いた時に
ここ「日の基青老閣」もリストに名を連ねていたので、ちょっと寄らせていただこうかと。

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東西に細長~いお池がありました。
(敷地に隣接して、ちょっとお参りするようなお堂があるのです。)
























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廃銭湯。赤羽
側面はガラスが割れていました。















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こんな意匠もあるのに勿体無いな。


















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茂みに陸軍境界石。桐ヶ丘
































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赤羽自然観察公園。真下が谷戸。
ここに都市計画道路、本当に通るのでしょうか。



























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道路が都市計画決定されているのはこの崖上。
マジで?


・・・でも都市計画道路って
計画は何十年も前から存在はしつつ
工事に着手するまでの間、長い期間経過しているものも多いし・・・
















そして前に車で通過してからずっと気に掛かっていた大恩寺近辺の窪みを歩いてみました。
素敵な響きのバス停「赤羽郷」至近

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いきなり階段好きの心を掴む物件。
段数控えめ、両サイドに孤を描きながら展開する美物件

待ち構える三ツ星マンホールと優れた取り合わせ






近くに大き目のお犬様が複数いて、ビクビクしましたー


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窪地の廃井戸。
写真ではわかりにくいですが、地面のセメントが楕円状になっていて
往時の洗い場空間にしばし思いを馳せます
























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島下公園の方に戻る途中、もう一基ありました!






























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ん~どういう訳かセピア色になってしまいました。?
以前も井戸の写真を撮影している時、こういう現象が起きたんですが・・・
電池の残量とかが関係しているのかな?







参照:これは板橋本町だったかな・・・?の井戸d0250051_11174966.jpg


































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ちょっと脱線。水場の形が様々で面白い~改めて。

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ここの窪地は
なかなかいい写真が撮れなくて・・・





























亀ヶ池に向かいます

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興奮するくびれ。

































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池の裏手にある、北区の伝承をパネル状にした看板群が昔から不思議でした・・・















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橋欄干に、なにやら小さきものが・・・

















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亀ちゃん。(こう呼びかけると亀井静香みたいだな~)
赤ちゃん亀です~泥だらけ!













こんなに小さいと、道端に出て踏まれないだろうか。。
心配で気になって亀を観察していたら、近所の方が「このあいだこの辺の植え込みで生まれたみたい。卵生むようになってもうかれこれ3年なのね、このコ、またうろうろ脱走してるから戻さないと・・・」

とどこかへ連れて行ってくれました。一安心。

亀ヶ池の可愛い新入生でした。

何か縁起物を見た気分↑


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斜め横断はやめましょう
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# by onnbubatta | 2013-04-23 08:48 | Comments(6)

大山西町の細い水路

地図を見ていて細道がいいな~と思って訪れました









・・・しかし道の前に立って見たものの、突き当りにはアパートがひしめいているし、家々から
様々な生活の音がするのでそれ以上の通行は断念しました。

偶々、アパートの方が出てきて「コンニチハ~」と挨拶して下さったのですがね。

(あ、それも防犯対策の一環かもしれませんね。不審な人を見かけたらジロジロ見る、声掛けする、って基本対策ですから・・・)

と数歩歩いていたら


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水路ではあ~りませんか(古)

確かに、この辺りかすかながら窪んでいる事に当ポイントに来て初めて気づく。
地図を見る限り、窪み地形では無さそうな素振りだったため意外な発見。



















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蓋素材はブロックの縦横置き・朽ちたダンボール・枯れ草等

実に狭隘




























ここから上流を辿ってみましたが、人家がひしめいており容易には近くで観察できません。
悩ましい


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慰めるかのように、かなりユニークな顔の猫ちゃ登場
お手手が汚れているのも模様かな?


近くの植え込みにはもう一匹キジトラも寝ていました。






















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おお、網越しに見えている

管も飛び出てこんにちは




























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上流部は狭いながらもきちんとした素材の蓋・・・
白っぽいから比較的新しいものかもしれません。

奥は突き当たりの様子






















これ以降の上流はURの団地の堅牢な金属塀と密集する人家に隔てられて、様子を確認する事が出来ません・・・いや一箇所見えそうな箇所もあるのですが人様の地所っぽいので。

インビジブルながらその存在を何となく、そこはかとなく認識できた上流端は千川上水に突き当たるのでした。

~では冒頭の地点から下流はと言いますと、地図で確認できるように学校の敷地となっているのです。
中学校の西に建つと、小さな谷戸の形になっている様が確認できます。

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んん・・・ここが怪しい気配を出していますが。中学南東角

このあとは南北に数100mの商店街の一部になっているのかな?
「ハニ~美容室」のある商店街。

で、コモディイイダスーパーに当たる感じ?

そのコモディイイダの南側が「幸町の直線暗渠」でした。












その直線暗渠は、lotus62さんが地元の方のお話を交えて記事にしておられます。




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うをう、ラスカルのキッチングッズ欲しいい!!





























「幸町の直線暗渠」は2011年の9月に訪問した時の写真となります。

て事は、千川上水と幸町水路をつないでた水路・・・?それってあり?
勉強不足でよくわかりませぬ。


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この水路に合流するのだとしたら、ここら辺かな。。















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残暑に真っ赤なスキー板











タクシーのバンパー格納スペース。






千川上水と谷端川でカテゴリー迷いましたが(幸町の水路は東流の末に谷端川に注ぐので)、谷端川としました。



~追記~

先日、近隣の学校周年誌?を調べて参りました。
学校開校(昭和30年代)の周りの様子が描かれた絵図があり、(回顧して描かれたものだと思います)当該箇所に「どぶ川」として千川上水からの水路が描かれていました。

幸町の水路の方も記載があり、「どぶ川(下水)」との表記があったのですが
大山西町の水路と幸町の水路の接点はそこでは描かれていませんでした。。。

付近は一面の麦畑、少ないながらも田も在ったとの事。
中学校敷地は低地でどじょうがいたとの記載もありました。

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# by onnbubatta | 2013-04-15 17:20 | 谷端川 | Comments(2)

猫ちゃに導かれて未舗装暗渠

また猫ちゃのおかげで水路跡に遭遇しました


背伸びしている、水呑み猫ちゃ

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水槽の上に置かれた、発泡スチロール箱の水を飲んでいるのでした

この様子を一緒に観察していたおじさんも金魚を心配していたのですが、
彼ら(二匹いたのです)水槽の金魚には全く関心のない様子

特徴のある背中模様だったら面白かったな~
(昔飼っていた猫は背中にちょんまげ頭の武士のような模様があったのです)








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んんっ ちょいと余所見

立ち姿がホワッツマイケルみたい
伸びた二本足が可愛い。
尻尾だら~ん

この子は何気にオッド・アイでした。
(顔は地味)
白猫以外のオッドアイは久しぶりに見た気がします















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もう一匹のぶち。
フレームアウトしちゃった・・・

この子はペットボトルをカットした容器で水飲み

























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水道メータボックスの上にお座り。















彼らは民家敷地の人工芝の上でお水を飲んでいましたが
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横に目を転じると、この隙間怪しい・・・

















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素材としては、手前は人工芝やカーペット敷き他
多種多様。
中ほどは敷石でしょうか・・・?

回り込んで確認します












単子葉の嵐。
水仙の黄色が眩しい




















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反対側に回り込むとそこは谷端川緑道で、
水路跡の筋(写真真ん中辺り)が見えました。


























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谷端川に流れ込む手前に大き目の石が。

合流部分(緑道側)には
「ここで小便禁止 迷惑しています」的な看板がありました・・・



















板橋区熊野町にて



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# by onnbubatta | 2013-04-09 17:41 | 谷端川 | Comments(2)

東尾久 尾久変電所の池跡・・・(田端新町・東尾久区界近辺)?

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手元の和楽路屋さんの昭和30年代の地図に載っていた池のことがずっと気にかかっていました。


d0250051_14401224.jpgこちらは明治~大正期の地図。
真ん中より少し右寄りの方の池です
「鬼怒川水電変電所」

当時は尾久を代表する煉瓦造りの建物で、
その姿は「赤水力」と呼ばれていたそうです。











今はなき京成「道灌山通駅」付近に住まい、田端・日暮里・尾久を題材として好んで描いた「放浪の天才画家」と称される長谷川利行の代表作として「田端変電所」があります。

ネットで見ただけですが、非常に力強い、土の匂いがするような印象を受けました
(池は描かれていないようですが)

別の時期の地図では「小沼開閉所」と記されているものもあります。
(小沼はこのあたりの旧小字名)

今でも現地近く「キヌ電通り」の商店街名にその名が残されています
終わりのほうにキヌ電通り界隈の写真を載せています


西隣りの池も個性的な形・・・音符のようなパイプのような




現在の地図で見るとちょうど北区と荒川区の区界辺り。
区界線を追いつつ旧い地図と比較・・・

今回の物件?も行政境のキワに立地です。

ちなみに
「goo古地図昭和22年」では池?が残っています
リンク先から改めて古地図→昭和22年 を表示させてみて下さい。

田端新町の五差路が目印になるでしょうか。

この時点で既に「池跡」の様相を呈しています。何か白く干からびているように見えるし・・
うまく画像貼れなかったのでリンクを貼りました。

同古地図の昭和38年バージョンには池は跡形も無く消滅しています。


最初に和楽路屋さんの地図で見たときにはお寺のマーク横に池があったので
庭園か何かだと長きに渡り思い込んでいました。

金相寺というお寺。

WEBでもあまり紹介されず、「荒川区史跡散歩」というガイドブックにも特に言及無し。
どこからか移ってきたお寺だと読んだ事があります。

d0250051_1515713.jpgこじんまりとしたお寺でした。
そのお寺に接面する細いくねくねした道路が区界になっており


























d0250051_154273.jpg段差があり暗渠の気配を感じさせます。

写真手前側が明治通り、
写真右が荒川区東尾久(東電の関連施設)
左が北区田端新町









↑番地の表示プレート、跡だけ残っています・・・ガムの噛み跡みたい・・・

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明治通りより奥に向かって段差がついています。
 
「高鬼(たかおに)」に使えそう~













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d0250051_15122854.jpg占有物がいろいろ。
樽やら、下の角材、あとは一斗缶。。



























d0250051_1515510.jpg金相寺さんの屋根を背景に、行き止まりの横道も。
ここで金魚やらの入っている水関連のもの達を発見。



























お寺は裏側に墓所、駐車場(訪れた際は「閉鎖予定」的な事がかかれていましたが)があり、
この辺りに池の名残が無いかと探しましたが判然としませんでした(入れませんし)

池のあったと思われる場所には、東電の寮や一般事業所等があり、ちょっとどこからもアプローチ出来ない感じ。

ここは一体が(池も含め)鬼怒川水電変電所だったものを西側を一部譲渡したのでしょうか。。

寺の池と思い込んでいたけれどこれは変電所の池だったのでしょうか。
にしては形状が風流な感じがします。冒頭の地図や古地図の航空写真を見ると。
通常変電所に設けられる水面は無機質な形状が多い印象ですが、これは人口の池なのか天然の池なのか、謎は尽きません。


d0250051_15331960.jpgここより少し北西に
「猪苗代水電変電所」という施設が地図上に見えます。同じ荒川区。
現在東京女子医大第2病院や東電関連施設のある場所です。
なぜ猪苗代か?というと

猪苗代湖から東京のここまで225km、長距離高圧送電で
電力の供給を受けた歴史的な場所だったのでした。

「田端変電所」として知られています。




ここから送られた電気が東京→日本の産業発展に大きく寄与したのでしょう。
福島からの電力に恩恵を受ける東京、はこの時代から始まった事なのですね。

こちらも大きな池があり、大きい池の方はほぼ四角い形状で 
「変電所の池」というのにふさわしいのですが
(もう一つつぶれたお餅みたいな池も見えますね)








そもそも変電所に池を設けるというのは、高圧電線が流れる為に火災が起きる懸念があり
その防火用水として設けていた。。という話を聞いた事があります。
或は冷却用としての用途でしょうか。

今、市街地に点在する変電所には目に見える形で池を設けている場所はあまり無い様なので
(あるかもしれないけど)
そういう時代もあったという事なのでしょうか。。

それにしても荒川区の変電所集積ぶりには目を見張るものがあります。
鬼怒川、猪苗代、以外に利根川水電変電所(これは中継地点)も立地していました。
遠くの川や湖の水力の恩恵を受けていたのですね。

送電線と水路線がいっぱい!


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「キヌ電通り」

「鬼怒川水力電気」は京王帝都電鉄の前身、の親会社
「猪苗代水力電気」は小田急電鉄の親会社

余剰電力を以て鉄道会社を経営していたという事なのでしょうね。






















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近くの看板屋さんに②千住火力発電所の「お化け煙突」のレプリカが。

千住火力発電所にも二つあって、お化け煙突よりも前に存在していた①千住火力発電所が
猪苗代・鬼怒川の水力発電所の台頭により役割を終えたそうなのです。









ここで発電所モチーフに出会えた事がちょっとデステニー







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お魚屋さん店頭にて。

恥ずかしながら、こんな表現知りませんでした
「舌代」食べる、代金だと思っていましたが
「舌」に「代わって」書き記します、みたいな意味ですと











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ひび入ってます・・・






























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************************************************
2016.11追記

富田均さんの本「東京徘徊」の中の「水」の章に、こちらの池に関する記載が一行ありました。

庭園の池、寺社の池、大学や公園の池、の他見捨てられた幸薄い池、管理の目のない散歩者好みの路傍の池などの分類の話が続いたあとに
記憶に残っている池として羅列している中で

・・・尾久の金相寺の裏手に変電所所有のが一つ。(現在運送会社敷地)




おまけ。
d0250051_1601791.jpg
西日暮里の虹。

ホント、ドレス衣装屋さんと社交ダンス教室が多い。

そして昭和期の地図に出てくる荒川区の学校「聖橋学園」。
埼玉工業大学の前身だったのですね。

古地図にて、荒川区の荒川左岸(北側)で散見される四角い池は
煉瓦の土取り用ではないかとのお話も面白かったー

参照:地図で読む昭和の日本(今尾恵介)

















追加:池跡の北側にあった氷屋さん。「氷室大神」のお札が目を引きました
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# by onnbubatta | 2013-04-01 17:30 | 荒川区 | Comments(2)

地図見てて気になる箇所に行ってきた~白子川:グラントハイツの下水排水孔?(川の出っ張り)

数年来気にかかっていた場所への訪問記です。
(といいつつ、一年近く前・・・現況と記事が異なる場合は現況を優先します


現場は練馬区旭町と埼玉県和光市の境に近い場所に立地。
青いアイコンの場所。白子川沿いの。

気になるものは行政境に実に多く存在します。。

光が丘公園午房口(オレンジのアイコン)のそば。こちらも印象的な形の谷戸です。
(緑地表示に青い小さな池の形があります。この辺りに湧水点のいくつかが存在)

谷戸からの水が流れ落ちていた流路の痕跡なのか、
はたまた超ダイナミックにお風呂屋さんが排水していたのか(!!??)
謎だ・・・


追記:73年の住宅地図を、都立中央図書館で確認した所
「下水排水孔」
の表記がありました。「」の字がそそりますよね~

40年前にここいらを歩いたであろう方(住宅地図会社の人)のメッセージを受け取った気がして何だか胸があつくなります。この年代の住宅地図、フォントも手描きですし。


川のT字路のようにも見えますね。地図だけを見ると

気になってしょうがない。

手前は浩の湯さんという風格ある銭湯。
この辺り、至近にもう一軒お風呂屋さんに出会いました。(後程)



現場にようやく辿り着くと、想像していなかった展開

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流出口らしい溝構造は残れどもそこに水は無く、そこだけ草が生えていて牧歌的な雰囲気

水が流れてない・・・

先述の浩の湯さんの煙突「レトロ銭湯」と赤い文字で描いてあるのもほんわかした気分に。

視認可能な最奥部は白いコンクリートで埋められているのでしょうか。

何か門にも見えます。






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様々な角度から鑑賞したい

白子川の増水時にはこの溝が水を満たす光景が見られるのでしょうか。















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少し北に移動して眺める。



















冒頭のyahoo地図では青い水域の表記になっていて、私の長年の懸念というかキュリオシティを示す事が可能になり嬉しいのですが(ちょい古の住宅地図でも残っている)、近年の住宅地図ではそうした表記が喪失していたのでやきもきしていたのでした。

でも現状は凹み部分は残存しつつ、出口が埋められたような形になっているんですね。
水が流れていた時代があったのだろうか。

光が丘公園北西部の谷戸からの湧水はここには流されないのかな。
白子川沿いを歩いていると、護岸脇からジャージャー湧水が流れ込む場面によく遭遇しますが。

確かこの谷戸は花岡学院という子供のための療養施設であった時期を経て(敷地は谷戸の地形を利用し、冷たい湧水の池がいくつかあったそうです。子供たちが白子川を「ライン川」と呼び親しんでいた旨の記憶等々興味深い資料があります→メドールの会資料、に詳しいです)
米軍に接収されてグラント・ハイツの排水場にされていた経緯があった筈・・・

グラントハイツの「下水排水孔」の痕跡というか遺構(現役なのか?)ということになるのかな。



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浩の湯さん。
白を基調とした趣きある、かつ敷地に余裕のあるゆったりとした店構え。
不思議とギリシャを感じました。











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深いです。
昭和の「銭湯訓」?

勝手にお湯をぬるくしたらおじいちゃんおばあちゃんに怒られるよ!みたいな。。











~アムステルダムの娼館窓風猫~
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川を眺めていた時に視線を感じて見上げたら。。


























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「アンタ、まだあの流出口の謎がわからないのかい・・・?」
























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そして
こんな暖簾の銭湯もありました。
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# by onnbubatta | 2013-03-26 08:08 | 白子川 | Comments(0)

桜台で水景を追う~取っ手付き蓋暗渠とファンタジーの池

さいたまを彷徨っていましたが、ここで短い練馬の水のお話をはさみ綴ります。

昨年秋のお散歩です

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桜台6丁目、おはま井戸。

かつては湧水の池があったのだそうです。

石神井川の河川改修後も池は残り、畔にあった太い樫の木の根元からこんこんと清水が湧いていた、と記録には残されているそうです。

しかし都市化により次第にゴミ捨て場となり、昭和43年10月末~11月にかけての埋め立て工事
により消滅。








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白い砂利が敷かれた神域となっています。

現在の氷川台氷川神社のご神体が石神井川から流れてきたのを拾って祀った最初の地が
この泉のほとりであったという言い伝えがあるのだそうです。


その後、ご神体は氷川神社の地に移され、この為春のお祭りにはお里帰りの神事が行われているとの事です。
(参照:みどりと水の練馬)

入り口にロープが張ってあり、入れない雰囲気だったのですが何となく理由がわかりました。

消防水利用のマンホールがありますね






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石神井川に落ちる細い水路敷。
あまりにも犬の落し物が多く、通行を断念しました

この水路敷の上流へと道を辿っていた時に、ぶち猫が消えていった空間があって、追いかけると


















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そこにはごく短い蓋暗渠がありました。奥のごみ箱手前に猫がかすかに。
(手前側には門扉あり)
現状民家の敷地と一体化している模様です。

継ぎ目に沿って苔が付着している様が芸術的。

苔を主体に眺めると、音響のグラフや地震計が針を刻んだようにも見えてきます。




音響グラフを見ると音響研究所の所長さんをすぐ思い出しちゃいます


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反対側から。
昨年の秋でしたので、散った萩の花びらが蓋を飾っています。


























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ちょっと観察すると、手前の蓋が不連続で面白いし
ゴミ箱の置かれた蓋、「取っ手」がついている気がします

そこに敢えてごみ箱が置かれているのは
暗渠人へのメッセージかも。






そしてファイナルにファンタジーな池が!

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石神井川にかかる橋沿いの事業所、ここの一階を企業の好意で開放しているらしいのです
(この時はシャッターが閉まっていました。)

白雪姫と7人の小人達

部分的に鍾乳石っぽく見えなくも無い


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中に入ってみたかったです。
けどここでどう振舞えば良いのかちょっと判りません


お約束の水玉きのこがファンシーですね。

Wデズニー的にはOKなのでしょうか??






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水路敷はゆるい谷戸にあったのですね
(上流にいくつか車止めがあります)

お隣の出子谷(旧い字名)は今は殆ど聞かない字名。

地図上の氷川台駅のピン(川の中に突き刺しちゃってますが)の南、水色の長方形屋根の辺りも
古地図によると昔は池があったようです。

YAHOOの地図、車止め無い箇所にも車止め的なマークがあって暗渠を示してくれる姿勢が好ましいです。(ゼンリンの住宅地図もこんなマークだったでしょうか?)

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# by onnbubatta | 2013-03-18 17:04 | 石神井川系 | Comments(4)

川で繋がる戸田漕艇場と浦和監獄その②白幡沼周辺の暗渠など

前回からだいぶ間をあけてしまいましたが宜しくお願い致します。

武蔵浦和の白幡沼周辺散策記です。

以前の記事で、戸田漕艇場は笹目川と水門でつながっている件りを綴りました。
その笹目川の出発点とされている(そうでないという説も)白幡沼。

~笹目川自体は白幡沼の水源のひとつであり、旧くは新曽村と笹目村の境界をなし、昭和10年頃浦和地域の排水路として作られ「中央排水路」とも呼ばれていた~とさいたま出版会「埼玉の川を歩く」に記載あり)

白幡沼よりも北に谷は続いていくので、「沼=谷頭」、と思い込んでいた私はこの点に関して少々目から鱗でした。

古くは拳沼と呼ばれていたとの事。(巨人が転んでその手形に水が溜まったという、所謂ダイダラボウ譚・・・近くの太田窪地名もその類だとか。)

いくつかのWEBページを拝見していると、
「個人の所有なのでいつ埋め立てられるかしれない」という大変気になる記載が・・・
登記簿を見た訳ではないので真実はわかりませんが。


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緑のラインが笹目川。
笹目川は真っ直ぐなので、辿っていません。行政上の始まりの所だけ訪れてきました。

上流の淡い水色ラインの暗渠名!?がわからなくてずっとモヤモヤしています。

小さくて見えづらいですが「墓碑」とピンで打った地点が浦和監獄の墓地が現在残されている箇所です。

↑以前の記事で触れた「戸田漕艇場の建設工事に浦和監獄の囚人が動員されていた」不思議な水のつながりを図に表してみましたが、、






沼の右下のおたまじゃくしのような、スポイトのような形、惹かれます。
ちょいと折れた「こまごめピペット」が一番近いかな。
この地点から幾筋かの水路が枝分かれしたり、交差したり。
睦神社の地図が切れてしまった・・・
ここも行きたかったところ~


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冒頭地図の青いアイコン地点。
お天気が悪いので画像暗し。
笹目川の水門、ここから南に流下していきます。上部は武蔵野線の高架。








川を見ていたら、直下から何の予告も無しにいきなり大きな水音、ファウンテン洗礼。
びっくりチキンカツでした
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どこからの放水なんだ



















この日は他所でもこんな感じ、いきなり脇から大量放水が始まるのでした。







上述の枝分かれ水路の一つ
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上述のスポイト部分わかりにくいですがゆるく溜まっている佇まい。
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沼の南端地点。写真右に鳥居があるのがわかりますでしょうか。
沼の東側は舌状台地。高台の地勢に学校群が建っています。
古墳群がかつてあったそうですが、学校建設時に消滅しているそうです。
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鳥居の道には近寄れない模様
















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沼の南端に神様がいらっしゃいました。
頭部の渦巻き他、色々細かい造り。





























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沼は北に行くにしたがって葦が生い茂り、北側は土のグラウンド部分になっていますがかつては沼だったのでしょう。














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左のフェンスより北側がグラウンドになっています。
その境界域に白幡沼の主が。。



















「このへんはこわいぞ みずあそびはやめよう」


↑この河童、白幡沼のヌシかと思いきや

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同じくさいたまの見沼代用水近辺にも類似品が存在しました
白幡の方の看板がずっとヴィンテージででオドロオドロしい




























白幡沼の西側は「白幡緑道」という遊歩道になっていて、更に上流へと谷地形が続いていきます。沼は谷地形の中程にあったのですね。この道が前回の記事にも書いた、浦和監獄脇へと続いていくのです。

しかしこの灌漑用水?暗渠の名前がいまだに判明しません。
(さいたま市のハザードマップにも特に記載なし。他は下水道幹線名まで仔細に記されているものもあったのですが・・・)








暗渠遊歩道は岸町小学校の前で一旦途切れ

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花壇の配された遊歩道の姿になります。
地面の亀裂が至る所に。






























さらに上流へ歩いて行くと柵のある蓋暗渠?に姿を変え
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クランク状に折れたあと、「坂下通り」と一体化します。
赤いアイコンがクランク地点。
この付近前回の「拘置所脇の細道」と平行しています。幾筋もの水通りがあったのでしょうね。
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このあとは常盤公園あたりまで地形的に追えて、判然としない状態になりました。
もう少し西へ孤を描くように(星空の、春の大曲線のような感じ)歩くと、これも前回言及した鯛ヶ窪「浦和監獄の墓地」へ。


















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地図で改めて見ると、別所沼の真北辺りに位置していました、監獄の墓地。






次回は別所沼あたりから。。別所沼の西側も、南へ垂直直下の細長い岬みたい。。



奥東京湾の事などすこし考えつつ、歩くあるく。

異なる線路が造り出す、「複合図形の求積」みたいな形も楽しげ。


市街地に沼がふたつ収まる航空写真っていいな~。
といいつつ、上の航空写真左端辺りも、南北に細長~い「鴻沼」という沼が過去にはあり・・・
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# by onnbubatta | 2013-02-26 17:11 | さいたま | Comments(0)

横浜千代崎川支流~幻の江吾田川?滝不動、射撃場跡

久しぶりのレポートです。
さいたまの記事を綴っている途中でしたが、横浜の千代崎川支流をひとつはさみます。

遅くなりましたが本年も宜しくお願い申し上げます。


以前、横浜の千代崎川の事を書いていて出会ったWEBページの中で心に残っていた
江吾田川という支流の事。

以前の千代崎川の記事

現在の地図・地形図を見ても川筋が判然としない(特に上流)のですが、ひょっとしてこれかな?
という痕跡らしきものがありました。






山元小学校、旧い地図では「江吾田小」の表記になっています。



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小さな青果店の向かいの私的な空気が濃い未舗装路地を入る。
未舗装路地前の車道を渡った奥は簑沢の支流。
そちらにも匂う路が沢山ありました。























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しかし、程なくして青い門扉=小学校敷地、が立ちはだかる。
川筋を追っている過程で小学校に分断されてしまうのは、しばしば起こる出来事。

側壁の石組みがしっかりしています。




















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行き止まりの階段から、下流方向を眺めた所。

















昭和初期の古地図でも合流地点までのごく短い水路線しか描かれていない。
別の地図を凝視すると、変電所敷地の西側にもにょろにょろした線が一区画描かれているが・・・


江吾田川の谷頭は根岸森林公園内の窪みだと考えられるのですが
地形が改変された可能性があり、判然としません。

これらいくつかの、丘陵地から流れ出した水が合わさって、
河口の本牧十二天の脇まで注ぐのですね。

どこの川を歩いても想いますが、川は物語だとつくづく感慨深いです。
大手術を受けた川。取り残された川、過去の川。

時々昔の流れを川自体も想い出し、本能で流れ下っちゃう時もあるのでしょうね・・・
(詩人タイム終わり)

広大な根岸森林公園、地図で見るとそら豆のような形がユニーク。
競馬場だった頃の名残、一等馬見席が孤高の異形を見せ付けて今も圧倒的な存在です。

20年以上前に見に来た際はガラスも割られていて荒れた様相でした。
現状ガラスは割れていませんが、徹底的に修復した姿ではなくそのままの感じで残っていたのが
何だか嬉しくてホッとしたのが感想です。

東京駅のように大々的にリニューアルされない感じで、かつ過度に痛々しくない感じが、好み。



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以前も引用させていただいた、長崎大学幕末明治期古写真データベースより、
造成中の競馬場。
ここは敷地北側の外周の孤の部分にあたるそうです








~次に白滝不動尊へ。ここのことはよく判らないし調べてもいませんでした。
アポ無し感に満ちています・・

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各地の階段を歩いてきましたが、ここは斜度が半端無い。
足がマジすくみます。
遠景は「京浜工業地帯!」と大声でシャウトしたくなる、
根岸湾の石油関連施設と高速道路。

海へ一気一直線の益荒男石段という雰囲気。
緩勾配で迂回しない潔さを感じます。

際のキワを実感。









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上記と同じく明治期の周辺古写真。
俯瞰して、当時の光景・立地に思いを馳せる事が出来ます。










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石段脇の地肌が露出しているのが今と違う感じ。













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社殿の西側の崖から瀑布とは言い難いものの、滝が流れ落ちています。
くり抜かれた壁の小さなスペースに神様が。

神様サイドの視点から滝を眺めてみたいです。。
傍らに小屋が建っており、修行が行われたのでしょうか。

崖の上は住宅地が迫っている立地。














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こちらは崖の上から見守る神様。?
後背部の彫刻の文様が流れる感じで、思わず凝視していまいます。


























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「磯??滝二業??組合」と彫られた石柱が横たわっていました。













元々は地元根岸の人々の信仰厚い祠だったのが、明治期の神仏分離を経て
現在は宝績寺の境外仏堂扱いになっているとの事。



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擁壁面からの染み出し。
ここにある柄杓は全部柄が長いタイプ、新鮮でした。




























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滝至近の邸宅跡?現駐車場。
石組みの門柱と、上段が赤煉瓦ベースの上に丸石が組み配されている外壁。下段は四角い石組み。
丸石はかなり剥落していたけれど、崖上の眺望抜群の邸宅だったのではと想像します。


外壁のアーチのような空間??は何の役割を果たしていたのでしょう。

穴っぽいものは気になります。

土地の管理地がこの辺りの「共有地組合」的な名前だったのが印象深かったです。
また、封鎖されていますが滝不動へ降りる階段もついていました。
物語のありそうな、跡でした。

このあたり、ついてくる猫もいて、おばさんに
「この猫貴方の事気に入ってるみたいよ。」
と言われたのが嬉しかったです~

毛だらけになっちゃったけど・・・


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ここも滝の近くの坂+階段。
「崩落危険急傾斜地」の看板が降り口に立っています。

どっかに吸い込まれてしまいそうな空間だ・・・

子供を後部座席に乗せたお母さんがきて
このまま自転車で下っていくのかとびっくりしていたら
お子さんを片手でひょいっと降ろして
自転車から降りて引いて、下界へと消えていきました。。。
この辺の方は子供連れのままこんな急坂を降り下っちゃうのかと
一瞬ドキドキしました。


先の見通せない九十九折の石段坂。(坂の名前がわからない)
一歩降り下るたびに景色が変わっていくのがたまりません。



このあたりの高台までくると時折、坂の間の隙間とかから工場地帯の煙突が見えてきてハッと我に帰る感じ。上の写真も判りにくいですが、根岸湾の煙突を望めて、海とのつながりが開いた感覚です。




明治期古写真を見ていると何度も出てくるタイトルが
「不動坂からの本牧岬」というもの。
不動坂、というのは不動下の大きく迂回する車道かな?

その当時の人々を惹きつけてやまなかった景勝の地だった事でしょう。

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淡い彩色が美しい写真。
本牧の一の谷、二の谷、三の谷が刻まれている姿がよく判ります。
車夫さんさぞかし大変だったでしょうね。
















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世界一美しいと外国人からも絶賛された根岸湾と
綺麗に耕作された畑。






微妙にアングルが違う地点を見比べながら、美しい写真の数々に見惚れてしまいます。





そして古写真を見ていて目に留まったのが
「ライフル射撃場」。
以前の記事内で「山手の大和商店街も谷だった。。。」の件に触れましたが
まさにその細長い谷地形(下の地図で緑ラインで示した辺り)を利用した「外国人のライフル射撃場」だった事を改めて、知りました。

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タイトルは「スイス祭りの射撃大会」

文京区の弥生町・大久保・大森等々、銃声が響いた谷たち。
横浜山手にもかつて存在しました。








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相変わらず激しい谷たちです。
写真右下の孤立丘のような形状がまたまた気になります。














家宝の「和楽路屋地図」S41発行(¥400!)で横浜主要部のページを見ていたら
今回のエリアの西・現磯子区丸山辺りに
「餓鬼谷」という気になる旧名がありました。
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# by onnbubatta | 2013-02-13 11:45 | 神奈川 | Comments(0)


暗渠、猫、池、高低差、崖、弁天、軍遺構、建築、階段、廃線、天体   その他徒然(適当です)


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