姿見の井戸と御廟橋(練馬高野台 長命寺)
色々すっ飛ばして、こんな季節になってしまいました。
練馬高野台の長命寺に、『姿見の井戸』~井戸を覗き込んで、水底に自分の顔が映り込まないと早死にする的な伝承がある が急に気になり、初めて訪れてみました。
(しかし言い方~自分の顔が映れば長生き、となぜ前向きに言わないで、ネガティブな表現を重ねてしまうのか。
持って生まれた性格だから仕方がない。“人は伝え方が○○割”と逆行しているなあ。。。)
真夜中の合わせ鏡とか、水を張った洗面器に自分の顔が映らないと早死に、みたいな話が昔からとても怖くて。
夜中にトイレに行った時とか、不用意に鏡に映り込んだ只ならぬ物を見てしまわないように気をつけているというのに。
花梨の実がごろごろと無造作に落ちている
いきなり現れた井戸、位置情報に頼るとこちらは「姿見の井戸」ではない様子。じゃあ何の井戸?
位置情報に従って姿見の井戸のある方へ向かうと、橋と堀が現れました。
堀に水は無く、境内の奥で池のような形で止まっていました。
堀の護岸は墓石のような石材が置かれて固められています。
上板橋の安養院を思わせる堀の出現に驚きました。全く予想していなかったので。
「御廟橋」
六角の「地蔵廟」の背後辺りから始まり、寺の敷地内で完結する短い堀でした。
「御廟橋」は高野山奥の院を模した橋だったんですね。
本来の作法だと、「御廟橋」から聖域となり、橋の手前で服装を正して礼拝するそうなのですが、すっかり抜け落ちてしまっていました。
「ボルド大倉」が気にかかるところですが
(大正期の炭酸飲料・・・?)
金網で蓋がされています
真剣に覗き込んでみた所、かなり深い位置に水面が見え、かろうじて私の顔が映り込んだ事を確認できました!
井戸の周囲の玉垣はどれも崩れそうですが、一つ一つが彫りがしっかり深いものでした。
「偕楽園女中」
どこの偕楽園?(二枚目園のくずし字なのかしら)
落ち葉の掃き方が独特でした。(自然に吹き溜まったのではないよね)
練馬区内の不動明王は制覇したかと思っていたのですが、まだまだ大物を残していました。
入ってきた方ではない南門の方へ
そういえば水を張った洗面器を真夜中に覗き込むと、水面に将来の結婚相手が映り込むという言い伝えも聞いた事があります。
#
by onnbubatta
| 2024-11-19 21:42
| 橋跡
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変わりゆく白子の崖線
引き続き白子川活動です。
先日twitterにて、和光市白子の川越街道旧道に面する旧家の家屋に開発看板が建っているとの情報を目にして、慌てて出掛けました。
昔に比べると、随分短文形式になっているなあ。
数年前からこの辺りでは大規模な開発が続いています(今現在も)
開発看板の日付は4月。
開発看板の場合、着工はまだ先の事が多いです。施工者未定。
工事開始予定は12月との事。
来年の春はこの風景は消えているかもしれません・
この辺りを紹介しているブログには必ずと言っていいほど登場するこちらのお宅。
とても大切に住まわれ、維持されてきた事が良く伝わってきます
富澤湧水への影響はどの程度あるのでしょうか
背後に背負う緑の広さ、濃さ。
春らしい曇天の中、今はまだ静か。
旧道らしく、勾配がきついです。
左上の緑は「大坂ふれあいの森」
「大坂ふれあいの森」
ずっと訪れている大事な場所ですが、ここ数年の周囲の趨勢を見ると、こちらも時限的な光景なのかと思わされます。
続いて。こちらは滝坂の「小島家湧水」跡。
こちらもtwitterでうっすら情報は聞いていながらなかなか現地確認できていませんでした。
こちらは既に解体は済みですが、予定(2月)より工事着工が遅れている模様です。
滝坂も勾配がきつく、建物亡き後の背後の擁壁が露わになると、より高低差を実感体感することが出来ます。
下は3年前の小島家湧水。
引きで撮った方が分かりやすかった…かな。
最後の方に、改めて3-4年前に撮影したこの辺りの失われた風景を再掲します。
水神祠と不動明王様は健在。
ちょうど3年位前に不動明王巡りに取り憑かれてた時に来て以来かも。
(その時撮りためた不動明王コレクション今度ブログにしたい…)
藁のブレスレット素敵だね
有名な「魚くめさん」
タイルも素敵なんですよね。
以前から知っていましたが、こちらのお店をより一層強く印象付けたのは「朝霞の金ちゃんの紙芝居」のブログでした。
戦後、朝霞駅近くでパンパンと米兵に向けて「貸し間」を営む家業の家の子だった金ちゃん。
おつかいで朝霞からわざわざ「魚くめ」まで来るのは、裏山から引いた綺麗な水を使う「魚くめ」さんの鮮魚が段違いに美味しかったからだそうです。
絵もお話も素敵なので是非読んで頂きたいです。
他のお話も、生々しくてとても面白いです
変わりゆく白子宿。
タイル、猫、営業中。
鎮めたいのは何ですか。
(あなたの風邪はどこからみたいな感じで言う)
失われた風景、湧水、崖線
再掲になります。和光市白子滝坂の小島家湧水
3年前の4月
↓こちらは和光市新倉でした。3年前の4月
しかしながら、2023年2月のストリートビュー画像を確認すると、その時点では何か建物が完成していたりするわけでもないようで。
開発の進捗が遅れているのでしょうか。
こうして見ると4月は和光、いうサイクルになっているんだなあ。
この場所は過去ブログ「大正時代の石造りの洗い場」の近くでした。
昔に比べると、随分短文形式になっているなあ。
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by onnbubatta
| 2024-04-27 18:08
| 白子川
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練馬区大泉町:全薬工業跡地近くの谷戸と湧水(?)考
前回の「比丘尼と橋跡」の新栄橋の件、いまだ解決していません。
(※専用水道に関する2011年の拙過去記事)
その関連でちょっと資料を調べていた所、小さな谷戸が目に入りました。
その資料には、こちらの谷戸の位置付近に「現存する湧水※」★印があります。
(※ちなみに平成初頭刊行の資料です)
(そこの右斜め上の三つの湧水地点は中里泉公園、清水山、稲荷山と推測されます。三ツ星みたい)
東京都の過去湧水リストには無かったような。
東京時層地図より昭和戦前期。
くいっ、スパっとしたとショートな谷戸です、切れが良い。
いや、前から谷戸地形だなとは思っていたのですが特にフォーカスすることもなく。
大泉町2-21辺りですかね。
↑こちらは1969-1970Q地図より。
というかその南辺り、池みたいなのが描かれている。
その北には建物があって、80年代後半の住宅地図で見ると大きな個人宅があった模様です。
(池が個人宅の敷地なのか、これが池なのかそもそも不明)
現在は一帯が「あかまつ緑地」という斜面を利用した緑地となっています。
併せてグーグルの航空写真をみていたら、この界隈に在った「全薬工業研究所」解体中の画像が目に飛び込んできました。
23区内の大規模工場、研究所、特に中小河川沿いは土地利用と水との関わりを考える上でも気になる存在です。
今、現地付近がどうなっているか、他にもこの近隣で様子が色々気になる所もあったので出掛けてきました。
お天気悪い。
「あかまつ緑地」には池が確かにありました。
湧水かどうか分からなかったですが、斜面の少し上から導水してるような石組みはありました。
石灯籠が二基。個人宅だった頃の名残なのか、違うのか。
白子川沿いに残されている貴重な緑地斜面でした。
全薬工業跡地。建物は除却されていますが、樹々の豊かなゆとりある敷地だったことが伺えます。
春に「跡地」とか、解体現場に来る事が多い気がする。
いつまで跡地でいられるのだろうか。
天気が悪くて映りが良くないけど、つやつやと綺麗なタイルでした。
この辺りに「全薬工業」のプレートがあったようです。
白子川にかかる「全薬橋」。
グーグルマップや各種地図に「全薬橋」と記されていますが、銘板などは無かったです。
かろうじて「ダイイングメッセージ」のようなナンバリングが。
私設橋と推量されるので、いずれ撤去される運命なのでしょうか。
(その時はカテゴリ「橋跡」付けないと)
冒頭の谷戸位置辺りも歩いてみましたが、体感的には少し谷戸かな・・・?という程度でした
(写真無し。)
1984年辺りの航空写真。
向下橋左岸、画像左端付近にはかつて「荘精麦所」のあった頃と同様の特徴的な区画がまだ残っています。(現存せず)
右岸の「陽和病院」には丸い池が残っています(現在建替え済み)
(↑帝都地形図より)
こちらの方がカラーで見易いでしょうか。
東京時層地図:昭和戦前期より。
精麦の用に供するため、白子川から水を引いて水車を回していた…というのが示されているような地図で嬉しいです。
陽和病院、専用水道※を利用している施設なので一度見に来てみたかったんだよね。
綺麗に建替えされて、イルカのモチーフがあちこちにありました。
「イルカに乗った少年」
(わかる人いるかな?)
(※専用水道に関する2011年の拙過去記事)
そして、距離的にも近いので白子川沿いにあったという「ザリ池」跡付近へ。
大泉町2-39辺り。
周辺は道路計画用地となっていました。
地図上では「栃沢荘」という名称でしたが、「プリマヴェーラ」という物件名に変わっていました。
ザリ池について、名著「白子川を知っていますか」ではその所在地が「大泉町2-39」と記されていましたが、今回遺跡の調査報告書において
「大泉町2-39-15」とより詳細な番地が記されていたのも現地へ赴く理由となりました。
「白子川を知っていますか」の中でも「工事により消滅」と書かれていましたが、二度死ぬような感じなのでしょうか。
「ザリ池は二度死ぬ」名画のタイトルみたいです…
花も花なれ…
一角には空の人形ケース、炊飯器等が捨てられていました
そう言えば当該道路計画地に面して「大泉霊園」というのがありました。帰宅後に古い地図を舐め回すように見ていたら、
「斃獣埋葬場」の表記が。
「斃」の字、IMEパッドで入れてみたら「へい」「たおれる」の意との事。
初めて目にしました。
調べたところ、こちらは文京区大塚にある「西信寺」の別院で、動物専用墓地も昭和6年から此方の場所にあるとの事。
「西信寺」と言えば護国寺近くの、グッと落ち込む崖を望む位置に立地するお寺。
私もよく通るお寺です。
しかも前掲の「全薬工業」の本社所在地(大塚5丁目)と同じ通りに面しています。
大塚5丁目と大泉2丁目の、何か不思議なシンクロニシティ…(勝手に覚えてます)
あらあら。大きなかぶ系
更に下流に進んで、もうひとつ気になる谷戸へ。
ちょうど土支田4丁目と和光市白子2丁目の境となっている谷戸です。
Q地図1959-1960年より。
水の流れも描かれています。
谷戸の東側には養豚場、牧場があったことが分かります。
(牧場の北側、川沿いはMY地図の書き込みには「泉山旅荘」とメモされている)
見事な石積みが「旅荘」の名残だろうか?
昭和50年代の航空写真、宝石箱のように小さな建物が集まっている場所が「泉山旅荘」。
季節によりこの箇所付近からの湧水があったらしい。
白子川に注ぐ手前辺り。
くっきりと谷戸地形が描かれている割に細い流れ…というのが第一印象です。
この流れに沿って少し上流方面に歩くと、途中石組みが垣間見えて、確かに水の流れがあった…と頭がよりクリアになりました。
また来るよ。
付近には呑み屋さんやクリーニング屋さんがあって、ちょっとした商業集積があった事が見て取れます。
白子川右岸の、初見の小さな谷戸を巡り、様々な事を思った春の旅でした。
#
by onnbubatta
| 2024-04-18 20:30
| 白子川
|
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比丘尼と橋跡
2月は逃げる。
江戸川区の途中ですが、一件練馬区を挟みますね。
3年ぶりくらいに練馬区の「比丘尼」交差点の辺りに来ました。
「びくに児童遊園」という無機質な公園に入ってみたら、橋跡のような石材に気が付いたのです。
練馬区で新規に「橋跡」を見つける事はないと思っていたので衝撃を受けました。
そもそも公園に来る人で、これに気づいている人はどれだけいるのか…
光の具合で全ては判読できないですが、「大正〇年~~~」と読めます
「新栄橋」のように読めます
なぜこの場所に置かれているのでしょう。
少し検索しましたがよく分かりませんでした。
そもそも「新栄橋」ではないのか?
立地的に白子川の橋かと思ったのですが、、、
どこかに「栄橋」があってそのNEW VERSION?
この橋がここに置かれた/移された経緯、関わった人のお話を聞きたいです。
「比丘尼橋」の東隣のあげ堀の橋(現在一帯工事中)が工事に伴って移された…とか?
(あとなんでこんな至近距離に派出所が2つあるの)
この辺りに来ると「八の釜」を思い出して胸がきゅっとなります。
そして、広大な更地。こんなとこに更地あったかな?
建築計画のお知らせ看板があり、オーケーが建つようです。
オーケーさんバンバン出店しますね。
更地の真ん中に色鮮やかな物体があり、よく見ると、機関車トーマスが置かれていました
あんた・・・ひょっとして比丘尼???
出発進行~~~
ストリートビューを遡ったら、この広大な土地には樹々に囲まれた旧家があったようです。
3年前は不動明王を見に来たんでした。
改めて、こんなにパンチの効いた交差点名はなかなかお目に掛かれない。
全ては比丘尼のみぞ知る。
#
by onnbubatta
| 2024-02-27 21:44
| 白子川
|
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「廃残の川」 江戸川区 雷川暗渠歩きと新井鉄工所の池
前回に続いて、富田均さんの著書「私の愛した東京」(1984年)を改めて読み返しています。

↑東京時層地図 高度成長期前夜より

東葛西4-51辺りから歩き始めます。雷川の水路跡は植樹帯/歩道になっています。


取水口のような場所に差し掛かりました。 古い地図で調べると、横手橋の東側に「小屋前橋」、更に古い地図に「雷閘門」、 横手橋の西側に「雷圦」の表記が見られました。
雷川は雷閘門から取水され、南下し、農業用水として圦で分水され、左近川と併行してして流れた後、合流していました。


昭和59年
その中に今まで読み飛ばしていた「老婆と鉄橋」という章があるのですが、この年になって内容が頭に入ってきました。
「…(中略)葛西の空隙にはたとえば藁葺き屋根があったり、江戸時代そのままに屋敷門があったり、宙に浮かんだ浦安橋があったり、更には足元に停滞する廃残の水面が浮かんだり、また江戸川端には巨大な物捨て場があらわれたり、近くから、遠くからと、一種独特の風景が奇襲してくる。異景の来襲である。」
「…(中略)畑地が散乱する葛西の「奥」は工場街である。狭い通りを盛んにトラックが素っ飛ぶ。両側は板やコンクリートの塀で逃げ場が全くない。板塀に寄り掛かるようにしてバス停がある。駅名は「雷」である。かみなりではおかしすぎるので、たぶんいかづちと読むのだろうが、妙な名前だ。白昼だが、誰もいない。大体、駅名からもうかなり歩いてきているのだが、人と出会わない。目立つのはとにかくトラックである。遠くから鳴らさなくてもいい警笛を鳴らして私の傍を通り抜けていく。」
「…(中略)工場街の一隅には江戸川に平行して左近川に連なる一流が横たわっている。流れているのではない。停滞しているのだ。
「私はこれまで東京一、二の汚染川として、大崎から南品川へかけての目黒川、築地界隈の少流、それから等々力渓谷の谷沢川の名を挙げてきたが、この葛西の左近川につながる小流を見た後では、すべてを取り消さざるを得なくなった。桁外れの汚れ方だ。一面緑のコケで覆われ、汚物も時代がかったのが多く、昨日今日の汚れ具合ではないのが一目で知れる。とうに死んでいるのだ。川幅は一間から二間程度だが、そういえば東京で最も手痛い仕打ちを受けたのはこの程度の川だ。ほとんどが埋め立てられ、またコンクリートの蓋で覆われた。残った葛西の小流は、死んだまま放置されている。もう埋めてやった方がいい。死んだものを白昼、太陽の下で晒すことは慎んだ方がいい。」
「しかし、問題は汚れ具合なのではない。埋めたところで何の解決にもならない。ただ人間は風景にも最低限の礼儀を持つべきだと言うのだ。問題は何か。葛西南のその川が、工場群の中にだたぽつんと横たわり、他のどの空間とも結ばれていない孤立性こそが一層問題なのだ。汚染はすべてこの事情からくる当然の帰結にすぎない。
川端には一軒の民家も無い。片側が工場の塀、もう一方の片側が通りで、しかも通りの側には丈高い雑草が密生していて、川面が殆ど見えない。一本の川が隠蔽されてしまっているのだ。知らない方がいいのかもしれない。陰には何年間も散髪しない男の頭が転がるように、水が転がっているばかりなのだ。
この川は江戸川(現在は旧江戸川と改称されているが、馬鹿馬鹿しいので江戸川で通す)の西、100mのところにあるのだが、100mの距離があまりに遠い。」(中略)
(下線部、こういった書きぶり、「昭和20年東京地図著者の西井さんに通じるところがすごくあると感じます)
著者が当時見た中で、「東京一の汚れぶり」を指摘された川はどこを指すのか、文中の
●江戸川に平行して左近川に連なる一流
●川幅は一間から二間程度
●この川は江戸川(現在は旧江戸川と改称されているが、馬鹿馬鹿しいので江戸川で通す)の西、100mのところにある
以上の点から、そしてここで引用はしていませんが著者がこのあと左近川水門橋に行き着いていることから、江戸川区東葛西の「雷川」と断定しました。
今までおそらく一度も訪れていない、その雷川の辺りを歩いてきました。古い地名は雷、長島。
2年ぶりくらいの江戸川区訪問です。
↑東京時層地図 昭和戦前期より






ピコリーノのある緑道と、
水門のあったあたり。水路跡に付き物の公共施設がありました。
このあたりでぐきっと変なコケ方をしました。
ここで雷川の護岸のようなものを発見!スパっとした断面!
道路のような細長い敷地に消防訓練場がありました。
ゴロピカドン???
「いかづち」じゃなくてどうしても「かみなり」と読んでしまう
「雷不動明王の道標」
元々は新川の河口付近にあったものが、平成3年に倒壊したのでこちらに移されたとのこと。
道標だけど、その目的地に戻ってきたという事でしょうか。
そして「曳舟のとも網を掛けた跡」がどの部分なのかよくわかりませんでした。
(今江戸川区のサイトを確認したら、「本体角のへこみ」とのこと)
江戸川区では松をよく見る気がします。
冒頭の地図でもこの辺りには集落が続いているし、このように寺社もあり、旧い土地なのでしょう。
須賀さんという名字の方が多いのかな。
そういえば、仮面ライダーの俳優さんも江戸川区出身で「須賀」さんでした。
何だか歩いていると、「須」という文字がこの土地によく合っていると、ひしひしと思うのです
釣具屋さんのようですが
カフェみたいでした。
ミントグリーンのドアと、ステンドグラスが可愛い
琺瑯プレート⚡⚡
雷公園 いかずちこうえん
古い地図で確認すると、「雷排水機場」があった場所
雷川の護岸?をまた発見!
そして、今回こちらの方面に来るにあたって事前にグーグルマップを眺めていた際に気になったこちらの池、
「新井鉄工所」の敷地にあります
この辺りまでは雷川沿いに民家が建っていましたが、この先はかつての大工場街。
富田氏の見た「東京一の汚染川」はこの先を指していたと思われます。
古い地図を確認すると、この辺りに「新井橋」、ここから少し南側の雷川に「雷橋」が掛かっていました。
この辺りから南は更に交通量が多かったです。(富田氏の見た風景と似ているかもしれませんが要因は違うのかも)
そしてこの池がある敷地一帯は再開発予定地です。
昭和22年の地図でも確認できます
(左側の方の池は現存せず)
昭和38年
昭和44-45年
新井鉄工所の敷地と、隣地の「日本ロール製造」にも池があります
グーグルマップではまだ確認出来ましたが、現在新井鉄工所の敷地は南側から物流施設の建設中。
池のある北側もいつまで残るか分かりません。
北側は再開発までの間、暫定利用賃貸されています。
開発待ちの状態です。
丸い形の池はかろうじて残されていました。
もうなくなっているかもしれないと思っていたけれど、確認できて良かったです。
数少ない、残された水面を見るとその来歴が気になって仕方ない性分。
大河の目の前の池。
広大な敷地のうち南側敷地は既に物流施設の建設中でした。
いま、物流施設がアツいですね。
このあと、最後に確認できた橋の名前はなんと「辨天橋」
左側の事業所と続いたような形で映っている白い橋です。
どうして辯天橋なのか、とても気になっています。
(橋は現存せず)
その先は、富田氏も辿り着いた「左近川水門橋」となります。その更に先にゴミの不法投棄場を見たと文中にもありました。
(葛西の海岸堤防の記事を書いた時に読んだ資料にも、不法投棄の事が書かれていた記憶があります。)
雷川の西側、広大な日本ロール製造はまだ同地にありますが、敷地の大半がアリオ、スーパー銭湯、インドのインターナショナルスクール等になっています。
ヨーカドーは賃貸、スーパー銭湯も関連会社が賃貸しているようです。
今回雷川の事を調べるにあたって、たまたま「どぶ川学級」という書籍を手に取りました。
川の事があまり記されている内容では無かったですが、「ドレイ工場」という映画のモデルがここの工場であると初めて知りました。
(驚くべきタイトル)
そう言えば、江戸川区に住んでいた時、落雷による停電が2回くらいありました。(それ以前にもそれ以後にもそのような事は起こりませんでした)
なので今回「雷」という土地にふらっとやってきても、スッと入っていけたような。
これは5-6年前に一之江に来た時に見掛けた「大雷神」
ステンレス会社にいきなり大雷神の看板が掛かっていて度肝を抜かれました。
次回も江戸川区続きます。
#
by onnbubatta
| 2024-02-07 21:47
| 江戸川区
|
Comments(2)

暗渠、猫、池、高低差、崖、弁天、軍遺構、建築、階段、廃線、天体 その他徒然(適当です)
by onnbubatta
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