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中世の国境地帯及び大河の川底を歩く~三郷・八潮間の旧中川河道

葛飾に憑りつかれて徘徊したり地図を眺めたりしているさなか

「おお、これは・・・!」と目を見張った地帯あり。

明らかに川の蛇行を改修した痕跡。


越境して、おそらくはじめての三郷市入りとなりました。


暗渠というには規模が大きい。メガ暗渠かな?

やはり境界モノかな~暗渠界のlotus62さんが「境界ハンター」として既にご活躍♪、私も猟友会の端くれとして綴ってみたいと思います。宜しくお願いいたします。



三郷市と八潮市に跨る市境線。

古代から中世にかけて、下総~武蔵の国境を為していたそうです。




「金町の北にある」くらいの情報しか持ち合わせず、北口からバスが発着するものと思い込んで
いたら、バス停にはそれらしき行先が書かれておらず。。

バスの列に並ぶのか並ばないのかどっちつかずの体制でモジモジ混乱していたら
背後のご婦人から

「並んでるんですかっ013.gif」とプレッシャー。。

ん~でも一番前の座席を確保できそうだったので、乗っちゃいました。
(かなり手前の葛飾西水元辺りで降ろされましたが、発見もあったので良しとします~)


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市境線の東側辺りに自然堤防が発達しているのが判ります。
戸ヶ崎の地名はそこ辺りから起こったのかな。


楽しみ~





河道跡区画は梯子状になっているのです。




市境が大場川と接する地点は八潮南公園になっています。
八潮市側には近接して日本煉瓦潮止工場がかつてありました。
(潮止、はこのあたりまで感潮域であることから付けられた地名)
いつまであったのか正確に確認できていないのですが、昭和60年くらいの地図ではまだ残っていました。地図の下、屈曲している「大瀬」周辺です。
(元は江戸川沿いにあった金町製瓦が設けた工場。金町製瓦はその後日本煉瓦に吸収)

中川沿いは煉瓦や瓦の製造が盛んだった時期があるようですね。

日本煉瓦といえば深谷が有名ですが2006年に清算し、最終的な本社所在地は板橋区大山であった
とwikiで意外な発見が。

さあ歩き始めます。


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南を向くと、水路が開渠で細々と抑制された姿を見せてくれます。



























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北側を向くと

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青い水門とポンプ小屋。
赤・黄の縁石?。

三色揃うと公園ぽい空気が醸成されます。

実際ここの一角も公園でした。





















水門の裏側に回ります
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まだ水を湛えていますが、わずか数メートルで突如細流の水面はなくなり、
何事も無かったかのように整然とした住宅地が現れるのでした。




















意外な事に、当該市境ラインの真上は住宅街の静かな道路と
家々の境目とを繰り返し成して行き、

凹んでいるとか水の痕跡を想起させる路面は見つけられず。
(今回境界線の東側を少し歩いたに過ぎませぬが)

埋まった大河は見事に均され、周囲の住宅地に変貌しているのでした。


実に静かで落ち着いた戸建中心の街並みが佇んでいるので
「ここが当に境目!」的な写真は撮りませんでした。





しかしながら、すぐ脇に蓋暗渠道が市境界と平行するような形で連坦としているではありませんか。
大河の土手下で水を受ける側溝の如く。

こちらからのお誘いを受けたので、歩いてみることにしました

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幾何学的に装飾された車止めにこんにちは。


























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横から愉快な蓋も仲間入り&参戦してきます。






























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ドッキングの現場


















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歩き進めると、「片側に幅寄せタイプ」に変化したり。





























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蓋自体の形状変化も楽しむことが出来ます。

車止めの片方は蓋を貫通していて、
柵は跨ぐタイプになっています。
























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対峙する






























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道路と交差する地点の脇、お店が並ぶ一角に建っていた
おそらく水神宮。

表面の、上半分くらいは欠損してしまっていますし
サイドも斑に剥落しかけているのかな。

水神宮。水元ではいくつも見かけました。
















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ここは屈曲が出てきて魅惑の地点です。

柵は片足突っ込みタイプ。



























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乱入者その2
































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ここで、広めの車道と交差します。
横断した先にも蓋暗渠が連続しています。



























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この先も気になる所ですが、蓋暗渠追跡はここまで。
境界線上に存在した水面は僅かなれど、この「メガ側溝」歩きも実に面白かった!

車道(バス通り)を右方向へ進み、また市境ラインジャストを目指します。


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また路傍に時を物語るものが。
赤いコーン衆の三名を従えて、ガードされているのかもしれません。












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上部には欠けた痕跡と、円型に文字(もんじ)?のようなものが囲まれています。
寛政7年の銘もはっきり。


























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通りに面して、雰囲気のあるたばこ屋さん兼洋品店がありました。
そこの角にあったレトロな丸いポスト。

























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こちらの看板娘さんもランドマーク・・・?
伏し目がちでアンニュイですが

























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異次元にワープ中の美女

何か目を見開いちゃったみたいに見える~



























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異次元から戻ってきた美女

こういうお店があるのは、ここが旧くから人が行き交っていた通りだからでしょうか。

























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そして京成バスの戸ヶ崎操車場。
操車場といってもこじんまりとしたスペースでした。

河道跡が、バス通りと交わる地点の脇に立地します。





lotus62さんの提唱?する「川跡=バスターミナルとしての転用」説の条件とも符合しております。



大河の川床を起着点として、今日も人々の移動を担う。



帰りはここから無事にバスに乗り、川床から揺られる感慨に浸りつつ金町まで辿り着くことが出来ました。
(金町駅南口の立派なロータリーに着きました)




ここから北、中川との接点までは未踏。また訪れたいと思っています。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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葛飾区側・大場川の土手手前で遭遇した水神宮














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笠を被って斜面につくねんと。































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たまたまここの近くで鳥居が見えたのですが、地図には神社の表記がなく・・・

ここについてはまだ調べ中。普通の民家かも?






















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水元の閘門橋へと至る通りの土手下に見えた、これもおそらく水神

























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流れのある川というより、溜のように穏やかな大場川














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水元公園内に残る、浅間神社跡の高まり。















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地形図上でも盛りがあるように見えます
(社殿は現在無し。昭和初期の地図には参道と社殿のような表記あり)







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煉瓦造り(金町製瓦製)の閘門橋。元の名を「二郷半領猿又閘門」。
都区内では唯一の煉瓦造りのアーチ橋。

古利根川(中川の埼玉県側の呼称)・大場川の水害を防ぐ目的で明治時代に設けられました。

今回歩いた旧河道はこの橋のすぐそばで合流していた事もあり、古くからの洪水多発地帯。

葛飾区側の「猿又」辺りには出水のさなか、自ら人柱となった老人の物語が伝わっているそうです。
(不思議とその後に水の勢いが収まったとか・・・)




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落し物を拾って下さる駅員さんの姿にも似ています。













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三郷市側に入り、二郷半領用水にまたもや煉瓦造の橋が。

ここの煉瓦も金町製瓦と関係あるのかな?
(エリア違いますが、先日十条で見かけた陸軍施設遺構の煉瓦塀も金町煉瓦のものであるとの
事でした)












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肥船が往来していたんですね。。

















またこの辺りは、「鎌倉」という飛び地が島状に残されていて興味深いです。
(戸ヶ崎、の飛び地も散りばめられています。整理関係でそうなったのでしょうか・・・)

大場川を越えて葛飾区内にも鎌倉地名があり、「さいたまの鎌倉村に由来している説」を聞いてこの辺りを指すのかな?と興味津々。

葛飾の鎌倉界隈も歩いていますので後日暗渠散策レポート致します。

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鎌倉飛び地、一部は大場川にかかっています。

大場川に向かって、住宅地の中に並行して縦に伸びる道は二条通りとか八条通りなどと
条里制のような名づけがされていました。


最後に
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東武ガスのマンホール
by onnbubatta | 2013-11-26 12:04 | Comments(8)
Commented by lotus62 at 2013-11-26 17:08 x
ご紹介ありがとうございます。
境界に掛かる小河川、とい時点で萌えますねw
マネキンは谷戸ラブさんのご興味をよっぽど強く掴んだようで、3連発の写真に「そこまでするかw」と笑わせていただきましたww
Commented by onnbubatta at 2013-11-27 09:04
>lotus62さん
こちらこそ、すごくツボにはまってしまい、事後ながら「境界ハンター」引用させていただきました~
マネキンさん好きなのです・・・無表情・微笑・歯を見せて笑う、等々タイプ産地の違いも様々で。このマネキンさんは境界性を帯びているので
特別な存在でした。
Commented by sumizome_sakura at 2013-11-30 22:01 x
ああ、またすごいところに!(^^
南関東の水上交通の要地、川の交差点だったところですね。

古利根川を挟む形で南岸の猿又と北東岸の戸ヶ崎、そして北西岸の地域は「大堺」と呼ばれ、鎌倉時代には三か所全てに香取社の関所が設けられていたそうです。
戸ヶ崎の由来ですが、今戸や青砥(青戸)、松戸、江戸など、東京湾低地の主要な川湊には「戸」がつくものが多く、「戸ヶ崎」もその一つだと考えられているようです。「崎」は古利根川の流路がここで屈曲していたからでしょうか。

それだけに洪水も頻発する場所で、小合川南岸の自然堤防帯が特に厚くて高いこともあり、戸ヶ崎の方が堤防が切れやすかったみたいです。なので戸ヶ崎と猿又は相手の堤防が先に切れるよう、いろいろやりあっていたようで。

水神関係の祠の多さには、そんな歴史も映しているように思いました。
Commented by onnbubatta at 2013-12-02 09:22
>sumizome_sakuraさん
「大堺」、初めて聞く名でした。堺という漢字、地名や人名にだけ使われて不思議ですよね・・。壮大な境だったのに、あっけなく行き来してしまいました。その言葉の重みを意識してもう少し丁寧に歩けば良かったかな、と思います。

私が見た地点ではそれは穏やかで、どちらが上流か下流かもはっきり主張しない感じでしたが本当に水害が多かったようですね。
堤同士のやり取りというか調節?も初めて知る事でした。
江戸市中を洪水から護るためには本当にKEYとなるエリアだったのですね。

重責を担う要所で緊張を伴う一面もあり、且つ堺というどちらにも属さないような、自由度も擁する空間でもありそうで、色々考察しながらまた彷徨してみたいです。
Commented by sumizome_sakura at 2013-12-16 04:43 x
次は新小岩ですか、葛西巡りですね。前のコメントの訂正なので、こちらに書いておきます。

前のコメントで香取社の関所について「鎌倉時代」と書きましたが、史料は室町時代のものでした。ごめんなさい~。関の名前は「戸崎」「猿股」「大堺」で、「大堺」は現在の地名に直接対応するものがありませんが、「大瀬」と関係があるのではないかと考えられています。

室町時代には、旧利根川中下流域は、関東管領の上杉氏を通じて鎌倉公方の直轄地になっていったそうです。葛西はその南端で、東京湾への出口なので、鎌倉との水上交通の中継地点だったのでは。付近の「鎌倉」地名も鎌倉時代というより、室町時代に由来するのかもしれませんね。
小合川南岸の自然堤防帯は、付近では標高が高いので、旧利根川下流域を東西に横断する陸路にもなっていたようです。連歌師の宗長が1509年の冬にここを通っているのですが、「大堤四方にめくりて、おりしも雪ふりて山路を行ここち侍りし也」(『東路のつと』)と書いています。浅間神社のあたりは「山」気分だったようです(笑)。
Commented by onnbubatta at 2013-12-16 18:12
>sumizome_sakuraさん
はい、「葛西」「葛飾」の、現代とはまた違う豊穣さに・広がりに溺れておりますー。
関所の件、重ねて教えていただき勉強になります。大堺は三郷市の大瀬辺りに結びつく可能性があるんですね。大瀬周辺はまだ歩いていないのですが、中世から受け継がれる只ならぬスケールをじわじわ感じますね。改めて響く猿股も猿の意味はよく解りませんが、ネパールのサガルマタにも音が似ているし(全然関係ないのですが)。



連歌にも詠まれている地とは・・・!今よりも低い所は低く、高まりがより際立っていたのかな・・・何て想像します。

やっぱりこの辺りの水エリア面白い・・・。現代でも、三郷市側は水面の中央線を主張、葛飾区側は水際ラインを主張と、境界未画定域が残っているみたいですし。

Commented by sumizome_sakura at 2013-12-18 13:49 x
ああ、サガルマータも魅力的な地名ですよね(^^。

猿股は室町時代のほぼ同時期の史料で「武蔵国」と「下総国」と両方でてきます。移管されたというより、そもそもどっちなのか、はっきりしなかったのではないでしょうか。戸ヶ崎も香取社関連の史料には「風早庄」とあるのですが、下河辺庄である可能性もあって。
要するに、当時の人たちにもどこに所属しているのか今いち不明確な、文字通り境界地帯だったみたいです。

「猿股」の語源は全くわからないのですが、「猿」は人間と動物の中間の動物なので、境界性を示す記号になることがあります。例えば神様だと「猿田彦」。「戸」は出入り口、「崎」は先端ですから、やはり境界地帯の場所です。
で、残る一つは「大堺」ですから。むちゃくちゃ濃い地名群ですね(笑笑)。
Commented by onnbubatta at 2013-12-19 08:31
>sumizome_sakuraさん
猿についてあまり深く考えた事が無かったのですが、大変興味深いお話ですね。わくわくします。
どっちつかずの揺らいでる中に猿が名前として出てくる所なんか・・・ダーウインはこういう事知っていたのかな~。とか。

いただいたコメントを噛みしめるように拝読していましたら、また脱線なんですが百人一首に出てくる「猿丸大夫」が真っ先に浮かんできました。頭に手先を向けた道化のようなポーズの絵柄で、子供の頃から
蝉丸と並ぶ異端の存在でした・・・

境界性が勢揃いの濃厚な地帯、いったいどんな魅力的な人々が育まれたのでしょうね。ああ、これらの地名を音読しながらこの地を踏みしめ
たいです。。


暗渠、猫、池、高低差、崖、弁天、軍遺構、建築、階段、廃線、天体   その他徒然(適当です)


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