カテゴリ:名古屋( 2 )

星は散り散りに・・・(中村遊郭跡地紀行)

先日名古屋の中村遊郭界隈を訪れた際、立ち尽くしてしまった物件のひとつ。

現地においては色々書き込みした地図を持っておらず、「Googlemapで見ると、現状遊郭4軒分空き地になっている場所」ぐらいの場認識を持っていた程度ですが。。

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空き地と隣地との境界に見上げる程の高い壁があり、鉄筋で支えられています。
雨が降っていたこともあり、コンクリートに染みた水跡も重みのある、人の気持ちを映し出したような雰囲気を作りげていました。

濃い部分の染みを「垂れ落ちる影」と見るか、下の白い部分を「山」として見るか。

中村遊郭の他の場所でもこうした壁があと数か所、隣地が空くなどした結果、見える形で残っています。

場所柄、「嘆きの壁」を意識してしまいます。

壁にもたれかかるように、解体で出た石材などが雑多な感じでより集められていました。


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ピンク色、紺色、水色。この色鮮やかなタイルたち、建物の中のどのような部分を彩っていたんでしょう・・
そして、欠片になった現在でも、辺りが失われた中の残照としてより強い光を放っているように見えました。
まるで最後の力を振り絞り、眩い程に。

後日、ストリートビューなどで詳しく確認してみると、ストリートビューの画像にはまだ建物が残っていました。
以前こちらの建物の中を紹介したブログを読んだことを思い出してきたのです。
昨年夏ぐらいに書かれたブログで、当時既にに人は住んでおらず、建物の世話人のような方がいる、、というような内容でした。

更に調べてみると、今年の5月に解体に着手、6月に更地となっていたようです。

「稲本」のような大店の取り壊しはニュースでも報じられるのですが、こちらの「旧新星楼」については、まだ存在しているのだろうと思っていました。
(旧新星楼、と矛盾を感じる表記に自分で書いていてもやもやしてしまう・・・)

「遊郭5軒分」の跡地、いずれ一つの大きな建物が建つのでしょう。
いや、もしかしたら6軒、7軒分くらいに今後拡大するのかもしれません。

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昨年以前に空き地となっていた区画は砂利敷の上に雑草が生えてきています。
束の間、光を求めてにょきにょきと。
そしてまた刈られ。
雑草は強い、って決めつけないで。


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今年の6月に解体された建物側の敷地は砂地が露出、そこに廃材が残置され、昼顔か朝顔が蔓延っています。
砂利敷と砂の境界、時の境界。

今後どのような土地利用になるのかわかりませんが、元々低湿地だった界隈を造成、別々の名前の楼が整然と立ち並んでいた場所。
時を経て再び別のまとまった形の土地を形作る・・・そんな前夜に立ち会った感じです。

その辺りも、宇宙と通じる所があるな・・・なんて事を考えました。

そして、どこが接点でどこが境界だったのか、忘れていってしまう。

雨でやだな~・・・と思っていた中村遊郭散歩でしたが、よくよく反芻して考えたら、低湿地だった雰囲気が色濃く伝わってきて、いつも以上に水の上を体感することができた旅になりました。




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by onnbubatta | 2018-10-23 21:01 | 名古屋 | Comments(0)

寝ても覚めても中村遊郭(橋跡、溝跡、そして後悔)

今年になって、人生初の名古屋下車→ご縁が続いてもう3度ほど訪れている「中村遊郭跡」界隈。

寝ても覚めても、名古屋から一駅のこの一画の事ばかり考えてしまいます。

「大正時代の妓楼が現役の風俗店、デイサービスセンター、民家として利用されており、目の前も含めて周囲はスーパーやマンション。中には廃墟のような物件もある」

が端的な現状説明になるのですが、それらの建築物が相当数を減らしつつあるとの事。

97年に購入した「赤線跡を歩く」で読んだことはあって、その際の写真の印象は派手で、賑やかそうな(大音量の音楽が聞こえてくるような)街、でした。

風俗街ということで、怖い場所のイメージもあったし、未知の場所で、少し緊張しながら散策してみました。

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こんにちは。
エリアの南西端で見つけた橋跡のような構造物。

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「大正10年3月」?と読めます。
中村遊郭の開業が大正12年(1923)なので、その直前のものになりますね。

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猫が歩いていそうな雰囲気があります。
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中村遊郭外周に巡らされた溝の跡。
川跡・溝歩きを本業としているため、ここはまず確認したかった箇所。
ここは未舗装ですが、また別の場所では舗装した道路となっています


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遊郭の街区は、亀?土俵?のような形状となっていて、空中写真などをみるとその特異な形が判然としています。
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遊郭の外周はこのような溝で囲まれていました。
南西端の水色部分は悪水路の「徳佐川」の痕跡です。

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今昔マップより引用させていただいてます。1888年の当地はまだ水田。
旧地形図の左側を斜めに横切るのが「徳佐川」、
地域を水害から守るために、安井徳佐エ門が私財を投じて開削した水路だそうです。

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1920年、明らかに何かが出来ています。
この出現具合、心が高ぶります・・

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1932年、黒々として、ほぼ現在と同様の街区としての完成が見てとれます。
現在の日赤病院の位置にドーナツクッションのような池が見て取れますが、低湿地に遊郭を造成するにあたって土を掘った跡の池
「遊里ヶ池」で、大正14年に弁財天が勧請されてからは行楽地のような場所になり、花火大会が催された事もあったのだそうです。

徳佐川はそこに繫がれた形となったのでしょうか。

さて。
初回訪問時に、ふと目にとめた羽衣町の物件がありました。
遊郭跡の物件と認識していなかったので写真も撮らず。物件の前面に貼り紙がしてあり、内容は破産管財人からの通知。

写真を撮っていなかったのでストリートビューからのキャプチャーで失礼いたします。

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外観は新建材を巡らしてあるのですが、

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航空写真で確認すると(中央の物件)中村遊郭に特有の中庭があるコの字の形に見えます。
道路に向かって前面と、中庭や天窓から採光し、側面はほぼ窓が無いのが不思議です(側面に窓が少ないの、名古屋の古い民家によく見られて、東京から訪れるとそこに目がいってしまいます)
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中村遊郭の建物の配置は基本的に整然としていて、南北の端がぴったりと揃っているはずなのですが、当該物件は南側が少し切断されている?としても、明らかに遊郭の建物に見えます。(北側の物件が中村遊郭の特徴を有しています)

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昭和52年の航空写真が見易いので示してみました。
ピンク丸が当該物件です。まだ他の建物と形が揃っているのが判ります。
切断前、ということで良いでしょうか。
そして、立錐の余地もないほど、真ん中の開いた同形状の建物でぎっしり埋め尽くされている・・・圧巻の集合美です。


外観から判りにくい、切断されている可能性・・・
他の物件と比較して「派手さは無いけれど」この遊郭跡の可能性の或る建物:豊田食品、が気になってしょうがなく、一度目に留めたのにもかかわらず写真を撮らなかった事を激しく後悔していました。それが7月の事。


そして9月に再び名古屋にやって来た時、
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何も残っていませんでした。
雨上がり、砂地のような明るい地面が印象的でした。
前回の後悔が、二重三重になって覆い被さってくるような感覚になりました。


手持ちの1963住宅地図では酒/バー/アパート、の表記、1973年資料以降は現在に至るまで豊田食品。
風俗店などには転用されていないようです。

わかったのは大正12年開業当時の屋号のみ。

中村遊郭界隈は街区の並びは非常に判り易いのですが屋号の変遷が激しく、何度向かい合っても整理できていません。
でもその度に小さな発見があるのがやめられないところで、魅力的なのです。

あと、大正時代の建物に被せ物をしているケースが多々あるところも。
一体内部はどのようになっているのでしょう。風俗店には入れないけれど、お蕎麦屋さん(大門町の蕎麦伊とう)とかだったら入れるので、様子を伺いたいところです。そうでないと、残すは解体の瞬間でないと内部を見ることがかないません。

きっと中は綺麗に「古民家風」としてリフォームされているのでしょうけど・・・

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↑これも切断物件でしょうか。
遊郭のあとはおそばやさんだったようです。

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前店名の痕跡が見えている・浮かび上がっている(現アラモード)



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何か起こりそうな窓・・・♥



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遊郭に関連の或る「中村病院」跡地。
敷地を覆うメッシュ素材のシートが、こちらを見据える精霊のように見えて好きな一枚です。

また、かつての水田に蘇った、還ったかのような光景でした。。背後の名古屋駅ビル群も幻影のよう。



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クローズ・アップで見ると、ムシロ旗・・・?



次回以降は、もっと自分で映した写真を入れていきたいと思います。







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by onnbubatta | 2018-09-29 10:11 | 名古屋 | Comments(0)


暗渠、猫、池、高低差、崖、弁天、軍遺構、建築、階段、廃線、天体   その他徒然(適当です)


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